司法試験予備試験の問題で刑法について考える③:詐欺罪


(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(刑事系)より引用)


第3問

学生A及びBは、次の【事例】における甲の罪責について、後記【会話】のとおり議論している。

【会話】中の①から⑤までの( )内から適切な語句を選んだ場合、正しいものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。


【事 例】

甲は、X県から代金1億円で請け負った土木工事を完成させ、同工事で生じた汚泥5トンを搬出して適法に処理した。上記工事に関する請負契約では、甲が工事で生じた汚泥を全て搬出することが義務付けられていたが、請負代金はその搬出量にかかわらず定額とされ、汚泥の処理方法についての定めもなかった。もっとも、上記契約締結の際、X県が汚泥搬出量は50トンを下らないと予測していたため、甲は、実際の搬出量を報告すれば、X県が行う工事完成検査の際に不法投棄を疑われ、その調査のために請負代金の支払が延期されると懸念し、X県に対し、汚泥50トンを搬出して適法に処理したと虚偽の報告をし、X県職員をその旨誤信させ、請負代金1億円の支払を受けた。なお、甲が虚偽の報告をしなければ、X県が不法投棄について調査を行い、請負代金の支払時期が遅れたことは確実であった。


【会 話】

学生A.詐欺罪の成否を問題とした場合、財産上の損害をどう考えますか。

学生B.詐欺罪における財産上の損害の有無は、①(a.財物の占有・支配の喪失それ自体によって・b.被害者の取引目的達成の有無も考慮して)判断すべきです。本事例では、請負契約の目的である工事が完成し、かつ、その請負代金は定額なので、X県に財産上の損害はないと考えます。

学生A.Bさんのように、財産上の損害を実質的に把握するとしても、本事例では、②(c.X県の代金支払時期を早めた・d.X県の代金減額請求権を侵害した)という点で、財産上の損害を認め得ると思います。

学生B.Aさんの見解では、③(e.一日でも支払時期を早めれば詐欺罪が成立する・f.未成年であることを秘して成人向け雑誌を購入した者にまで詐欺罪が成立する)ことになりかねず、妥当でないと考えます。

学生A.いや、私は、判例と同様に、④(g.全体財産の減少が認められる・h.社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間、支払時期を早めた)場合に限って財産上の損害を認めますので、その批判は当たりません。ところで、Bさんは、本事例において、詐欺未遂罪の成立も否定しますか。

学生B.甲の虚偽報告の有無にかかわらずX県は代金を支払わざるを得ませんので、そもそも、⑤(i.欺罔行為がない・j.財物の交付行為がない)と考えます。したがって、詐欺未遂罪も成立しません。


1.①a ③e ⑤i

2.①b ②c ④g

3.①b ④h ⑤i

4.②c ③f ④g

5.②d ③e ⑤j


【解説】

1 イントロダクション

刑法246条1項(詐欺罪)は、「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。」と規定している。

刑法上の犯罪の成立要件を刑法学者は構成要件と呼ぶが、詐欺罪(刑法246条1項)の構成要件は、①欺罔行為(※被害者をだまして勘違いさせる行為)、②財物(※金銭その他の財産であって形を持つもの)の交付、③詐欺の故意(※被害者をだまして財物を交付させようとする意思)、④欺罔行為と財物交付の間の因果関係、の4つに分析することができる。

詐欺罪構成要件のうち、②財物の交付は「損害の発生」とも呼ばれる(※なお「損害の発生」を財物交付と別個の書かれざる構成要件と理解する見解も有力である。)が、詐欺罪における「損害」とは何かについては見解(学説)が分かれている。


2 詐欺罪における「損害」の概念

詐欺罪における「損害」の概念に関して、学説上は以下の2つの見解に大別される。

なお、現在では判例も学説上も全体損害説を採用する論者がほぼ皆無であるから、本稿では全体損害説の説明は行わないことにする。

以下に登場する「個別損害」とは個々の具体的な(かたちのある)財産を指すとさしあたり理解しておけば足りる。

⑴ 形式的個別財産説

詐欺罪における「損害」とは、財物の占有・支配を喪失することである、と解する見解が形式的個別財産説(以下「形式説」と略記する。)である(本問カッコ①a参照)。

形式説の長所は、罪刑法定主義の観点から、構成要件を極力形式的に解釈し、判断権者すなわち裁判官の恣意によって結論が変わることのない明確な判断基準を与える点にある。

罪刑法定主義とは、法律がなければ犯罪はなく法律がなければ刑罰はない、という刑法上の大原則である。

罪刑法定主義は、犯罪と非・犯罪を極力明確に区別し、グレーゾーンの行為を処罰すべきではないという考え方に基づいている。

ただし、後述する実質的個別財産説と比較すると、形式的個別財産説のほうがより広く詐欺罪の成立を認める結論に至ることが多い。


⑵ 実質的個別財産説

実質的個別財産説(以下「実質説」と略記する。)とは、詐欺罪における「損害」を実質的に考える見解である。

すなわち、たとえば売買契約の売主が買主に対して契約の際に虚偽(※親の形見だから本当は売りたくないが金に困っているので仕方なく売ると言いながら実際には親が存命であるというたぐいの嘘)を告げたとしても、結果的に契約の趣旨に適合する目的物の引渡し・対抗要件具備がなされていれば、買主が「損害」を被ったことにならないから刑法上の詐欺罪は成立しないと考えるのが実質説である。

実質説の論者は、たとえ被害者が詐欺の実行行為者(=騙した人)に金銭を支払ったとしても、被害者の取引目的が達成されている場合には騙されたことにならないから、損害の発生(=財物交付)の要件を充たさず、詐欺罪は成立しないと解している。

一部の実質説論者は、形式説に対して、本問の【事例】における甲のように代金支払を延期させないために嘘をついたにとどまるケース(※本問の事案では虚偽報告の前にすでに請負仕事自体は適法に行われ完了している。)であっても当然に詐欺罪の成立を認める形式説は結論において妥当ではないと批判する。


3 本問の【事例】の検討

⑴ 形式説からの検討

本問の事例で「損害」の意義について形式説を採用すると、本問の甲は実際には5トンの汚泥しか搬出していないのに「50トンの汚泥を搬出した」という虚偽の報告を受けた被害者(=X県)は、甲の報告を信じ、甲が土木工事を完了するとともに50トンの汚泥を搬出したと思い込んで請負代金全額を支払期限に支払っているので、詐欺罪の既遂(※既遂とは犯罪結果の発生を意味する言葉である。)となる。

なぜなら、甲が正直に「汚泥は5トンしか搬出していません。」と言っていれば、不法投棄に関する調査を行う必要から支払期限が延期されることは確実だったにもかかわらず、甲が虚偽の報告をしたことによって、X県は早めに代金1億円を支払わされたという被害結果が生じているからである。そして、形式説によれば1億円の金銭という財物を交付した時点で「損害」が発生したことになり、この時点が詐欺罪の既遂時期となる。


⑵ 実質説からの検討

ア 実質説①

他方、実質説は、本問の事例で詐欺既遂罪の成立を否定する立場(※この立場を実質説①と呼ぶことにする。)と肯定する立場(※この立場を実質説②と呼ぶことにする。)に分かれる。

実質説を採用し、かつ本問の事案では請負契約書上の仕事内容及び代金支払時期以外の事情を考慮してはいけないという立場を採ると、本問の事案では詐欺罪は成立しないことになる(本問の学生Bの立場。実質説①)。

すなわち、甲は、請負契約書の記載どおりに土木工事の完了及び汚泥全部の搬出を完了しており、仕事の完了を報告したことでX県から支払期限どおりに1億円の支払を受けているにすぎないため、そもそもX県を騙す行為(=欺罔行為)をしたわけではなく(学生Bの3つ目の発言参照)、ただ汚泥搬出量について虚偽報告をしたにとどまり、この虚偽報告は代金額に影響を与えるものではない以上、甲はなんら詐欺罪の構成要件に該当する行為をしていないことになる。

よって、実質説①によれば本問の事例の甲には詐欺罪が成立しない。


イ 実質説②

これに対し、実質説を採用しつつ、かつ本問の事案では請負契約書上の仕事内容及び代金支払時期以外の考慮要素として、代金が本来支払われることになったであろう時期よりも早く支払ってもらうために嘘をついたこと(※つまり、甲が搬出した汚泥は50トンであると正直に報告していたら不法投棄の有無の調査が始まり代金支払時期が延びることは確実だったところ、代金を契約書上の支払期限どおりに支払ってもらうために甲がX県に嘘をついたこと)という事情も考慮すれば、甲がX県に汚泥の搬出量について虚偽の報告をしなければ請負代金は契約書上の支払期限より後に支払われたであろうという因果関係が認められるため、X県が代金をいわば前倒しで払わされたかたちになり、甲には詐欺罪が成立することになる(実質説②)。

もっとも、汚泥50トンの搬出は不法投棄ではない以上、代金1億円は遅かれ早かれ甲に支払われなければならない金銭であるから、実質説の立場に立ちながら「財物の交付」と欺罔行為との間の因果関係が認められないとして甲に詐欺罪の未遂のみ成立すると結論づけることも可能である(学生Aの3つ目の発言参照)。

本問の【会話】の学生Bは実質説①の立場(=実質説を採用しつつ、本問の事案では請負契約書上の仕事内容及び代金支払時期以外の事情を考慮してはいけないという立場)に立っていることは明らかである。

他方、学生Aは、本問【会話】の発言だけではどの立場を採用しているかは必ずしも明らかではないが、学生Aの3つ目の発言に「私は、判例と同様に、…」とあることから判例の見解を採用しているのではないかと推測することができる。

ちなみに判例(最判平13.7.19刑集55巻5号371頁。この最高裁判決が本問の【事例】の素材となった判例である。)の見解は、実質説②である。

ただし、判例の採る実質説②は、「一日でも支払時期を早めれば詐欺罪が成立する」(本問の学生Bの2つ目の発言中のカッコ③e)ことになりかねず妥当でないという他説からの批判にこたえるために、「社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間、支払時期を早めた」(本問の学生Aの3つ目の発言中のカッコ④h)場合に限って財産上の損害を認めるという見解を採用している。


4 各カッコの検討

前記1~3の考察をふまえて、学生Aが判例の見解(実質説②)、学生Bが実質説①を採用していることを前提に、それぞれのカッコの語句を選択していく。

まず、カッコ①は学生Bの1つ目の発言であり、学生Bは実質説①を採用しているから、「b.被害者の取引目的達成の有無も考慮して」という語句を選択すべきである。

次に、カッコ②は学生Aの2つ目の発言であり、学生Aは実質説②を採用しているから、「c.X県の代金支払時期を早めた」という語句を選択すべきである。

次に、カッコ③は学生Bの2つ目の発言であり、学生Aの見解(=実質説②)に対する批判を述べる箇所であるから、「e.一日でも支払時期を早めれば詐欺罪が成立する」という語句を選択すべきである。

次に、カッコ④は学生Aの3つ目の発言であり、学生Bからの批判に答える箇所であるところ、学生Aは実質説②のなかでも判例の立場を採用していることから、ここでは「h、社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間、支払時期を早めた」を選択すべきである。

最後に、カッコ⑤は学生Bの3つ目の発言であり、学生Bは実質説①を採用しているから、支払時期を早めるための虚偽報告は詐欺罪の構成要件としての欺罔行為に当たらないと学生Bは考えている。

よって、カッコ⑤では「i,欺罔行為がない」を選択すべきである。


5 結論

以上より、カッコ①はb、カッコ②はc、カッコ③はe、カッコ④はh、カッコ⑤はiをそれぞれ選択すべきであるから、①b ④h ⑤iを組み合わせた3が正解である。


本問では、前掲判例(最判平13.7.19刑集55巻5号371頁)の知識を持っていたほうが解きやすいことは間違いないが、最低限、詐欺罪における「損害」の解釈につき争いがあり形式的に考える立場と実質的に考える立場に分かれていることだけ理解していれば、学生Aと学生Bの【会話】をヒントにしながら議論の文脈を辿って正解を導き出すことが可能である。

本問のようなタイプの問題を資格試験受験業界(?)では論理問題と呼ぶ。