司法試験予備試験の問題で民法について考える③:不動産物権変動の対抗要件
(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(民事系)より引用)
第3問
不動産を目的とする権利変動の対抗に関する次のアからオまでの各記述のうち、判例の趣旨に照らし正しいものを組み合わせたものは、後記1から5までのうちどれか。
ア.竹木所有のための地上権を時効取得した者は、登記をしなくても、その後にその地上権の目的土地を購入しその旨の登記をした者に地上権の取得を対抗することができる。
イ.承役地について地役権設定登記がされている場合において、要役地が譲渡されたときは、譲受人は、要役地の所有権移転登記があれば、第三者に地役権の移転を対抗することができる。
ウ.一般先取特権は、不動産についてその登記がされていなくても、当該不動産上に存する登記がされた抵当権に優先する。
エ.引渡しにより対抗要件を具備した建物の賃貸借につき、その引渡し前に登記をした抵当権を有する全ての者が同意をしたときは、賃借人は、抵当権の実行により当該建物を買い受けた者に賃借権の設定を対抗することができる。
オ.永小作権を目的として抵当権を設定した永小作人は、その永小作権を放棄したとしても、その放棄をもって抵当権者に対抗することができない。
1.ア ウ 2.ア エ 3.イ ウ 4.イ オ 5.エ オ
【解説】
1 イントロダクション
物権変動とは、物権の発生、変更、移転、消滅である。
典型的な物権変動は、物権の移転であり、<物権変動>という語については<物権の移転>とさしあたり理解しておけば足りるが、本問では物権の発生、消滅についても問われている。
対抗要件とは、物権その他の権利の変動を第三者に主張するために必要な要件である。
我が国の民法では、権利(物権)の保有と権利の主張を区別しており、たとえ自分が保有している権利であっても、一定の「対抗要件」を持っていないとその権利を自分が保有していることを第三者(他人)に主張できないという原則(この原則を「公示の原則」という。)を採用している。
物権変動に関し、民法176条は「物権の設定および移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。」と規定し、物権を取得・保有するには当事者の「意思表示」(注:同条の意思表示は、契約と同義と解されている。)のみで足りるとしている。
たとえば、AがBに或る不動産を売却する場合、その不動産の所有権は、原則として売買契約と同時にAからBに移転する。
民法177条は不動産物権変動に関し「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法…(略)…その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」と規定しており、不動産物権変動を第三者に対抗(=主張)するには登記をしなければならない旨定めている。
不動産は一般に高価な財産であり、占有者(=住んでいる人)と所有者(=オーナー)が必ずしも一致しないため、不動産取引を安全に行うために誰がその不動産を所有しているかを公的に明確に表示する必要がある(※公的に明確に表示することを民法学者は「公示」と呼ぶ。)。
そこで不動産の物権(所有権、抵当権など)を公示する手段として設けられた制度が「不動産登記」制度である。
我が国の不動産登記制度では、不動産物権の存否だけでなくその変動状況も公示される。
本問では、記述エを除き、物権変動に関する条文・判例知識が問われている。
2 用益物権
民法は、財産権を「物権」と「債権」に大別している。
「物権」は物に関する財産権である。
「物権」はさらに「所有権」、「占有権」、「用益物権」、「担保物権」に分かれ、用益物権と担保物権はさらに細分化されている。
「用益物権」とは、他人の所有物(※主に土地)を使用収益する物権であり、①地上権、②永小作権、③地役権、④入会権の4種類がある。
①地上権は、他人の土地上に工作物(例:建物)又は竹木を所有するために設定(※民法学者は、当事者の意思により権利を発生させることを「設定」と呼ぶ。)される用益物権であり、②永小作権は、他人の土地において耕作又は牧畜をするために設定される用益物権である。
③地役権は、地上権・永小作権以外の用途ないし目的で設定される汎用的な用益物権である。地役権の典型的な形態は、通行地役権(公道に面していない土地を所有している者が、公道に面している隣地の所有者との間で締結した契約(=通行地役権設定契約)に基づいて隣地の一部を日常的に通行させてもらう用益物権)である。
④入会権は、伝統的慣習的に特定の山林その他の財産を特定の共同体構成員らが共同で管理・利用する用益物権である。
上記4種類の用益物権のうち、入会権以外は「設定契約」(※当事者の意思に基づいて用益物権を発生させる内容の契約を指す。)によって設定される。なお、抵当不動産について民法又は民事執行法の規定に基づき発生する「法定地上権」という地上権も存在するが、法定地上権については別の機会に説明する。
用益物権も物権の一種であり、その設定契約は物権変動の原因であるから、当該用益物権の取得・保有を第三者に主張するには、「登記」(民法177条)をすることが必要である。
3 各記述の検討
⑴ 記述アについて
記述アは「…登記をしなくても、…地上権の取得を対抗することができる。」が誤り。
最高裁判例によれば、所有権その他の物権を取得時効により取得した場合、当該取得を時効完成後に現れた第三者に対抗する場合には「登記」(民法177条)が必要である(最判昭33.8.28民集12巻12号1936頁)。
⑵ 記述イについて
記述イは正しい。
民法281条1項は「地役権は、要役地(地役権者の土地であって、他人の土地から便益を受けるものをいう。以下同じ。)の所有権に従たるものとして、その所有権とともに移転…する。」と規定している。
同条は「地役権の付従性」を定めた条文である。
⑶ 記述ウについて
一般先取特権は、担保物権の一種であり、民法が定める一定の債権を有する債権者が債務者の総財産に対して訴訟を経ることなく強制執行の手続をとることができる法定担保物権である。
担保物権については別の機会に詳しく説明するが、一般先取特権の対抗力について、民法336条は「一般の先取特権は、不動産について登記をしなくても、特別担保を有しない債権者に対抗することができる。ただし、登記をした第三者に対しては、この限りでない。」と規定している。
したがって、本記述は「不動産についてその登記がされていなくても…登記がされた抵当権に優先する。」という箇所が誤っている。
⑷ 記述エについて
本記述は、不動産賃貸借の対抗力に関する特則の知識を問うものである。
不動産賃借権は、債権の一種であるが、機能的には用益物権たる地上権に類似している(※不動産賃借権と地上権はいずれも他人の不動産を利用して自己の居住を確保するために用いられる点で共通する。)。
そこで、民法605条は「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。」と規定し、不動産賃借権の対抗要件としての「登記」制度について定めている(なお、不動産登記法は、不動産賃借権を登記すべき権利の一つとして定めている。)。
また、建物賃貸借の場合における賃借権の対抗要件については、民法の特別法である借地借家法31条が「建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。」と規定しており、対抗要件具備(※対抗要件の「具備」とは、対抗要件の手続を完了することを意味している。)を簡略化している。
そこで、本記述をみると、本記述の建物賃借人は、建物の「引渡し前」に登記をした抵当権者に対して当該賃借権を対抗することができないように思われるが、その一方で本記述の抵当権者は当該建物賃貸借に同意しているから、建物賃借権の対抗力を認めてもよさそうである。
この点、民法387条1項は「登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる。」と規定し、不動産賃借人の保護を図っている。
なお、同条項の「登記をした賃貸借」とは、特別法(=借地借家法)上の対抗要件を具備した場合も含む。
記述エをあらためて検討すると、本記述の建物賃借人は「引渡しにより対抗要件を具備」し、「その引渡し前に登記をした抵当権を有する全ての者が同意」をしているものの、当該「同意の登記」がなされていない。
したがって、本記述の建物賃借人は、民法387条1項の要件を充たしていないため、当該建物の買受人に対して建物賃借権を対抗することができない。
よって本記述は誤りである。
⑸ 記述オについて
本記述は正しい(民法398条)。
5 結論
以上より、正しい記述はイとオであるから、正解は4である。
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