最近のニュースから【労働法(労災)】

「普通のおじさんの死、我がことに」 大手ラーメン店長の過労自殺で和解成立


<記事抜粋>

「全国に150店舗以上展開する「ラーメン山岡家」の店長だった男性(享年50)が2017年5月に自殺したのは、過労が原因だったとして、遺族(姉)が運営会社(札幌市)に、慰謝料や逸失利益など約1億1000万円の損害賠償を求めた裁判で、和解が成立した(和解は3月30日付け)。」


本件の事実経過は以下のとおり。


名古屋市の店で店長として働いていた男性は、2015年10月19日、勤務中に脳内出血とくも膜下出血を発症した(当時49才)。 

 緊急搬送された病院で手術をうけ、リハビリを続けたが、重度の右半身麻痺と失語症により、介護施設に入所。後遺障害等級1級と診断され、社会生活に困難をきたし、悲観したことで、2017年5月20日に自殺した。

 発症と業務との因果関係について、名古屋南労基署は労災を認めた(2018年3月9日)。 

倒れたとき、店の正社員は男性1人で、残りはバイトら7〜8人。24時間営業の店を回すためには、男性が深夜勤務や長時間勤務する日も多かった。 

 発症前1カ月の時間外労働時間は96時間、発症前2カ月平均では98時間30分。また、未治療の高血圧症が基礎疾患としてあったことなどが認定された。

発症と自殺との因果関係について,労基署は否定したが,審査請求の結果,愛知県労働局が労基署の決定を取り消し,自殺との因果関係も認められた(2019年1月4日)。



<所感>

記事によると,和解条項案に再発防止策が盛り込まれたこと及びその内容は公開されているが,和解額は非公表とされている。もっとも,弁護団が金額面で「納得できる」和解額であると書かれていることから,全部認容判決額に近い金額ではないかと推測される。


本件は労働災害の事案であるが,同種事案のリーディングケースにあたる陸上自衛隊八戸車両整備工場事件上告審判決(最三小昭50.2.25判決)が次のように述べている。


「国は,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。」

「右のような安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」である。


労働災害の事案においては,休業を余儀なくされた労働者の休業損害(休業中の給料の補填),治療費相当損害金等については,災害補償・労災保険給付でまかなわれる。

しかし,慰謝料については,労災制度では対応できないため,上記の「安全配慮義務」違反による損害賠償が別途必要となる。


なお,「安全配慮義務」違反による損害賠償請求という法律構成は,もともと改正前民法下において債務不履行による損害賠償請求権と不法行為による損害賠償請求権で消滅時効が異なっていたことから創出されたものであり,従前不法行為とみられていた事案を,労働契約等の「契約」上の義務違反という債務不履行事案として再構成することで,「損害および加害者を知った時から3年間」(改正前民法724条前段)という短期の消滅時効期間を超克できたとして,上掲最判の当時は画期的な判決とされた。ただ,平成29年改正民法が既に施行され,消滅時効の点で債務不履行と不法行為の間に差異がなくなった現在においては,「安全配慮義務」の存在を認めた上掲最判の意義は,使用者が,労働者に対して,労働契約上の本質的義務(賃金支払義務)のほか,労働契約に付随する義務として安全な労働環境を整備し労働者に提供する義務を負うことを明言した点にあるといえる。


記事の事案は,労働者が,過重労働により勤務中に脳出血とくも膜下出血を発症し,これによって重度の右半身麻痺と失語症を発症して介護施設に入所することとなり,後遺障害等級1級と認定されて社会生活に困難をきたすようになったことを悲観したあまり適応障害を発症して2017年5月20日に自殺した,というものである。

本件は,労災申請段階で,過重労働と各症状の発症との間の因果関係(業務起因性)及び自殺の結果との間の因果関係が争点となっていたが,最終的にすべての因果関係が認められた。

労働局の労災認定の結果を受けて,企業責任を追及すべく,慰謝料等として1億円を超える損害賠償請求を労働者が使用者に対して行ったものであり,裁判所も,労災認定の結果をふまえ,全部認容相当である旨の心証を双方に開示したことで,実質労働者勝訴というべき和解が成立したものと思われる。


和解に盛り込まれた再発防止策は,

①「全従業員を対象に、勤務と勤務の間に、11時間以上のインターバルを導入する制度を検討し、和解成立から1年以内をめどに、必要な規定を就業規則に記載すること」と,

②「今年4月1日付で、全従業員を対象に、健康診断を受けるための特別有給休暇制度をつくること」

である。

使用者はラーメン店を経営する株式会社であり,本件の労災が起こった店舗は24時間営業の店舗であったから,店員を常駐させなければならない店舗に11時間以上のインターバルを導入することを義務付けたことの意義は大きい。


亡くなった男性の遺族である姉は,和解成立後次のように述べている。

「ただマジメに働きすぎた結果、肉体が壊れてしまいました。」

「若くもエリートでもなく、普通のおじさんで、センセーショナルなニュースになる要因はありません。」

「俺のほうが残業時間が長いとか、パワハラのほうがつらいとか、思ったかたこそ、家族を泣かすことのないように、我がこととして、この小さな事実を知ってほしい。 」

「まじめに懸命にはたらくことと長時間労働はイコールではありません。」


男性の姉の最後の一言が最も重要だと感じた。