最近のニュースから【刑事訴訟法~任意捜査と弁護士の立会い】
京都府警のひき逃げ事件捜査 弁護士が異例の立ち会い
<記事抜粋>
「ひき逃げの疑いを持たれた女性に対する警察の事情聴取や実況見分で、弁護士の立ち会いを認める異例の対応が取られたことがわかりました。」
「京都市内に住む女性は去年7月、車を運転中、すれ違った歩行者にぶつかり、軽いけがをさせたひき逃げの疑いがあるとして、京都府警から事情聴取に応じるよう連絡を受けました。」
「 女性にぶつかった認識はありませんでしたが、警察から「捜査に応じないと逮捕もありえる」などと言われたため、相談を受けた大阪の弁護士が事情聴取への立ち会いを求めたということです。」
「 警察は当初、前例がないことを理由に拒みましたが、「立ち会いを認めれば聴取には誠実に応じる」などと交渉を続けた結果、認められたということです。」
<所感>
刑事訴訟法(以下「刑訴法」と略す。)198条1項は,
「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。但し,被疑者は,逮捕又は勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭後,何時でも退去することができる。」
と規定する。
同条に関しては,被疑者に取調受忍義務があるか,という有名な論点があり,身体を拘束されている被疑者の取調受忍義務については肯定説と否定説が対立しているが,身体を拘束されていない被疑者に取調受忍義務がないことについては争いがない。
未だ逮捕されていない被疑者に警察から任意取調べ(俗に言う「事情聴取」)のための出頭要請があった場合に,弁護人立会いのもとで取調べを受けることが可能か否かについては,刑訴法上明文の規定がなく,実務上は弁護人の立会いを申し出ることはできても,「捜査に支障が生じる」という理由で,警察から立会いを拒絶されてしまう。
当職も,刑事の私選弁護事件として,とある在宅被疑者から弁護人として選任され,任意取調べのための出頭要請があったときに,警察署まで被疑者と同行したことがある。
弁護人のセオリーとして,当職が取調室に同席して適宜助言をしながら取調べを受けさせたい旨申し出たが,上記の実務の例にたがわず,あっさり拒絶され,仕方なく長時間にわたって警察署のロビーで待機した。
ただ,これも弁護人のセオリーであり,弁護士ならば誰でも知っている法的常識だが,被疑者本人及び取調べ担当官に対して,「逮捕前の被疑者には取調受忍義務がないから,どのように供述すれば良いか迷ったときや,当該供述が自分に有利か不利かが分からなくなったときは,すぐに取調室から退室して,私に相談してください。警察官は,取調受忍義務を負わない被疑者に退出を認めない状況で供述を強要したら,黙秘権及び供述の自由に対する侵害に当たるので,この点十分注意し,被疑者が退出を求めたらすぐに私のところに来させてください。」という趣旨の助言・警告をした。
また,被疑者には,自分の供述内容を覚えておいて,取調べの休憩時間になったら,特に問題ないと思っていても必ず当職のところに来て,何をしゃべったかを教えてほしい旨伝えておいた。
自分でも気づかないうちに不利益供述をしている可能性があるため,適時に訂正を求めることができるようにすることが目的である。
そして,被疑者の供述調書も,他の供述調書と同様,伝聞証拠であり,供述者への読み聞けと供述者本人の署名押印がなければ証拠として利用できないから(伝聞法則/刑訴法320条1項),読み聞けの際に少しでも自供と異なる部分があったり,事実と異なる供述内容が見つかったら,訂正を求め,訂正に応じてもらえないときには署名押印を拒否するようにと被疑者に助言をした。
ここまで被疑者に助言をし,警察官に警告をしても,不利益供述を誘導されてしまうことは完全には避けられず,供述者は自覚せずに自白調書を巻かれてしまう。
取調室という密室の中で,外部との接触を断たれた状況のもと,半日以上の長時間にわたり,警察官から淡々と質問を受けてこれに答えることは,普通の人にとって耐えられないことである。
ましてや,警察官がわずかでも威圧的な態度に出たり,姑息な誘導質問をしてくると,正常な心理状態ではない供述者が,自己に不利な供述をしたり,さらには事実と異なる自白をすることは残念ながら起こりうるのである。
取調べを受けたことがない人は,「本当にやってないなら,自白なんかするわけない。」と思うのかもしれない。
しかし,異常な環境下で,真意と異なる発言を重ねてしまうという事態が生じうることは,心理学的にも裏付けられている。
記事の事案では,在宅の被疑者が,出頭要請に応じないと逮捕もありえると警察から脅されたことで困ってしまい,弁護士に相談したところ,弁護士が,取調べへの同席を警察に要望し,「立ち会いを認めれば聴取には誠実に応じる」などと交渉を続けた結果,立会いが実現した旨報じられている。
このような交渉は,どの弁護人もしているはずだが,立会いが実現した例はきわめて稀である。
推測になるが,記事の事案では,逮捕要件の充足の見込みがかなり乏しかったため,「逮捕もありえる。」という言葉を真に受ける必要がないと判断した弁護人が,適切な交渉をした結果,弁護士立会いのもとでの任意取調べが実現したものと思われる。
日本の話ではないが,アメリカには,被疑者弁護に関し,ミランダルールという判例法理があり,そのルールの一つに,「被疑者には弁護人の立会いを求める権利がある。」というものがある。
ミランダルールのうちの,上記の「被疑者には弁護人の立会いを求める権利がある。」というルールは,わが国では,法の明文でも,判例法理でも保障されていない。
しかし,憲法上保障されている弁護人選任権(憲法34条前段)の実効性を確保する観点から,弁護人立会いの下での取調べを一般化させなければならない。
記事の事件が,我が国において,上記のミランダルールの採用を実現するきっかけとなることを,弁護士として切に希望する。
0コメント