まん延防止措置としての酒類提供停止要請と比例原則違反の問題 【憲法・行政法】
まん延防止で酒類提供停止「告示改正は違法の疑いがある」
<記事からの引用(抜粋)>
「新型コロナウイルス感染拡大に伴い、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)に基づく緊急事態宣言が4月25日、発令された。今年1月以来3度目のことだ。」
「対象の地域は、東京、大阪、兵庫、京都の4都府県で、期間は5月11日までの17日間。酒類やカラオケ設備を提供する飲食店などに休業を、酒類提供のない飲食店には20時までの時短営業を要請するとともに、不要不急の外出自粛などを呼びかけている。」
「厚生労働省は4月23日、重点措置下でも飲食店などに酒類やカラオケ設備の提供停止を要請したり命令できるよう、告示を改正した。すでに、埼玉、神奈川、千葉では、重点措置に基づく酒類やカラオケ設備の提供を停止するよう要請している。」
<曽我部真裕京都大学教授(憲法学)のコメント(抜粋)> ~太字は当職による強調である。
「まず、飲食店については、被害者的側面と加害者的側面の両面があることが、その営業規制(具体的には休業から時短、各種の感染防止措置の陽性(当職注:「要請」の誤記と思われる。)まで様々)の合理性評価を難しいものになっていると感じます。」
「以上のような前提はあるものの、マクロ的観点から、営業規制によって感染抑制する効果があるのであれば、一定の規制は憲法上も許されると考えます。ただし、規制の強度が上がるほど、他に代替的な規制はないのかが厳しく問われることになります。」
「もう1つの論点は、具体的な営業規制は、法律(新型インフルエンザ対策特別特措法)及びその委任を受けた政令、さらにその委任を受けた厚労大臣の告示で定められるため、委任の範囲を超えているかどうか、というものです。」
「この点に関しては、まん延防止等重点措置(以下「重点措置」)でも、知事が酒類提供やカラオケ機器使用を禁止する命令を出せるよう、厚生労働省が4月23日、告示を改正していた点については、違法の疑いがあると考えます。すなわち、特措法31条の6(*1)は、「重点措置」として取りうるものとして、「営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置」と定めていますが、「営業時間の変更」が例示の筆頭に上がっていることなどから、それ以上の措置はとれない(政令・告示で定めることができない)ことになります。」
「カラオケ店でカラオケ装置を使用禁止とする、あるいは居酒屋で酒類提供禁止をするというのは、事実上は営業停止であるとも言いうるため、政令・告示で定めることのできない措置を定めている疑いがあると考えられます。 事実上の営業停止という強力な規制であるだけに、委任の範囲は限定的に解釈しなければならないというのは、最高裁判例(*2)からも伺えるところです。」
「他方、緊急事態において取りうる措置に関する法45条2項(*3)との関係では、事実上の営業停止であっても直ちには違法ではないと思われますが、比例原則との関係は問題になります。」
「その点、今回の緊急事態宣言における戦略の全体像がどのようなもので、酒類提供禁止等といった個別の措置がその中にどう位置づけられる、どう必要なのか、説得力のある説明がなされていないことが非常に問題だと感じます。」
(*1)新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「本件特措法」という。)31条の6第1項は,「都道府県知事は、第三十一条の四第一項に規定する事態において、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある同項第二号に掲げる区域(以下この条において「重点区域」という。)における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該都道府県知事が定める期間及び区域において、新型インフルエンザ等の発生の状況についての政令で定める事項を勘案して措置を講ずる必要があると認める業態に属する事業を行う者に対し、営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。」と定めている。
(*2)医薬品ネット販売の権利確認等請求事件(最高裁判所平成25年1月11日第二小法廷判決・民集67巻1号1頁)等の最高裁判例参照。
(*3)本件特措法45条2項は,「特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項及び第七十二条第二項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。」と定めている。
<所感>
公法(憲法・行政法)学上の基本原則の一つに「比例原則」というものがある。
比例原則は,元々ドイツにおいて公法学上の判例法理として確立されたものであるが,アメリカ法にもこれに相応する原則として「より制限的でない他の選びうる手段(LRA)」という判例法理がある。
いずれも,ある規制が正当化されるためには,当該規制の目的達成のための必要最小限の規制のみが許され,必要最小限の程度を超える過度の規制は違法とする点で共通している。
また,いずれも具体的事実を離れて抽象的に必要最小限性を判断するのではないという点でも共通している。
ドイツにおける比例原則は,段階説(規制の強弱を区分し,より弱い規制で目的達成できない場合に限り,より強度の規制の合理性が認められる,というように段階的に規制の合理性を判断する考え方。)を併せて採用することにより,きめ細かい審査基準による法適合性判断を要求する。
アメリカ判例法理であるLRAの法理は,立法事実をつぶさに精査して,規制目的が重要なものであるか,当該目的達成手段が必要最小限のものにとどまっているかを検討する違憲審査基準である。
上に引用した曽我部真裕京都大学教授のコメントにも「比例原則」が現れているが,要は,「まん延防止等措置」として酒類提供の禁止を要請することは,比例原則違反であり,違法の疑いがある,ということが述べられている。
曽我部教授のコメントを読んで直ちに理解できる者には説明不要だろうが,法律の読み方が分からない人にとっては,まん延防止等措置として酒類提供の禁止を要請することがなぜ違法になるかが理解しがたいだろう。
そこで,基本的な条文の読み方・解釈の仕方を説明する。
本件特措法31条の6第1項は,まん延防止等措置を講じる必要がある対象区域(重点区域)における対象事業者(飲食店・カラオケ店)に対し,「営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる」と定めている。
上記規定のように「Aその他B」という文言により定めが置かれている場合,「B」は,「A」を含まないが「A」に準ずるもの乃至「A」に類するものを指す。
つまり,規制対象を網羅的に列挙し難い場合に,列挙に代えて代表的な事項を一つ先頭に掲げて,それ以外の事項の例示とする,という立法技術である。
では,「その他……政令で定める措置」として,政令及び厚労省告示を定めて酒類提供禁止を要請することは何故委任の範囲を超え違法と考えられるのか。
その理由は,公法的規制の謙抑性に求められる。
公法と私法の間にみられる顕著な違いは,類推解釈をどこまで許容するか,という点にある。
分かりやすい例でいうと,例えば民法では広く類推解釈が認められており,民法94条2項類推適用などの有名な判例法理が数多く存在する。
これに対し,刑法解釈学においては,類推解釈は厳格に禁じられている。
その理由は,罪刑法定主義(憲法31条)の自由保障機能を害さないようにするためである。
刑法の条文に明確に規定されていない事柄について,犯罪を犯したと疑われ処罰されれば国民の人身の自由が損なわれることになる。
それゆえ,刑法の領域では,類推解釈はしてはならないと解されている。
さて,本件特措法に基づく「要請」は行政指導に過ぎず,刑罰権の行使ではない。
しかし,本件特措法のような行政法規は,性質上は刑事法と同じ「公法」である。
公法の領域において,規制法令が国民に不利益な方向に類推解釈されることを許容すると,国民の諸々の人権が侵害の危険にさらされることになる。
それゆえ,一般的にいって,国民の権利を侵害するおそれのある公法を国民に解釈適用するに当たっては,政府は謙抑的でなければならず,国民に不利益な方向に類推解釈して適用することは許されない。
かかる考え方(公法的規制の謙抑性)をふまえて,特措法31条の6第1項を解釈すると,同条項の「その他」の措置は,例示の筆頭に挙がっていた「営業時間の変更」の限度を超える規制であってはならない,という帰結に至る。
曽我部教授がコメント内で指摘しているのは,「居酒屋」に対して酒類提供の禁止を要請するということは,事実上営業停止を要請するに等しいということである。
これはすなわち,「営業時間の変更」の要請を超える過度の規制を居酒屋に対して事実上課すに等しいことを意味する。
「営業時間の変更」の要請にとどまる限り,一定の時限までは酒類の提供が可能であり,不十分ながら居酒屋として経営を維持することが可能になる。
しかし,酒類の提供を全面的に禁じられると,居酒屋は,当該要請が終了するまでは事実上営業できないことになる。
「要請」は事実上の規制であり,行政指導にすぎないものだから,無視すれば良いのではないかと考える者もいるかもしれないが,本件特措法31条の6第3項は,「要請」違反者に対し,酒類提供禁止命令等の行政処分を行うことができる旨定めている。
背後に行政処分が控えている以上,敢えて「要請」を無視して酒類提供を続ける事業者はほとんどいないだろう。
だから,事実上の規制であっても,法の仕組みから考えれば,実質的には法的拘束力を伴う規制なのである。
以上,曽我部教授のコメントを敷衍する形で,条文解釈の仕方等を解説したが,理解の一助となれば幸いである。
なお,曽我部教授は,緊急事態宣言の対象地域においては,酒類提供の禁止を告示で要請しても直ちに違法とはならない(ただし,比例原則違反の疑いは残る。)旨のコメントをしているが,これは本件特措法45条2項の文言解釈から導かれる結論である。
関心がある人は,各自本件特措法45条2項の文言を精読して自ら解釈していただきたいが,一つヒントを出しておくと,同条項の例示の代表的事項として規定されているのは「当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止」であり,酒類提供の禁止は「その他政令で定める措置」に当たるという規定ぶりである。
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