最近のニュースから【刑法・刑事訴訟法~コントロールド・デリバリー】
広島の警官逮捕、覚醒剤を譲り受けた疑い 自ら使った可能性も
<記事抜粋>
「密売人から2回にわたり覚醒剤を譲り受けたとして、広島県警は13日夜、県警機動捜査隊東部分駐隊の巡査長岡田悠容疑者(35)=同県福山市本郷町=を麻薬特例法違反(譲り受け)容疑で逮捕した。」
「県警は自ら使用した可能性もあるとみて調べる方針でいる。」
「逮捕容疑は、昨年12月27日と今年3月3日、それぞれ尾道、福山市内の駐車場で密売人から覚醒剤を譲り受けた疑い。県警は、いずれの日も岡田容疑者は非番だったとしている。捜査関係者によると、代金を支払った上で譲り受けていたという。」
「県警監察官室によると、県警は今年3月、この密売人を覚醒剤取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕。その後の捜査で岡田容疑者の容疑が浮上したという。」
「県警は13日午前、強制捜査に乗り出し、岡田容疑者の自宅など複数の関係先を家宅捜索した。捜査関係者によると、県警は科学捜査研究所で証拠品を鑑定。鑑定結果などを踏まえ、逮捕に踏み切ったという。」
<所感>
国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)8条2項は,
「薬物犯罪(規制薬物の譲渡し、譲受け又は所持に係るものに限る。)を犯す意思をもって、薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡し、若しくは譲り受け、又は規制薬物として交付を受け、若しくは取得した薬物その他の物品を所持した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。」
と定めている(太字は当職が強調。以下同じ。)。
同条項の「規制薬物」に覚醒剤(覚醒剤取締法2条)が含まれている。
また,覚醒剤取締法41条の2第1項は,
「覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(第四十二条第五号に該当する者を除く。)は、十年以下の懲役に処する。」
と定めている。
ニュース記事は,「県警監察官室によると、県警は今年3月、この密売人を覚醒剤取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕。その後の捜査で岡田容疑者の容疑が浮上した」ため,「県警は13日午前、強制捜査に乗り出し、岡田容疑者の自宅など複数の関係先を家宅捜索した。捜査関係者によると、県警は科学捜査研究所で証拠品を鑑定。鑑定結果などを踏まえ、逮捕に踏み切った」と報じている。
県警は,捜査に支障が生じるおそれがあることを理由に,岡田巡査長の認否を明らかにしていないが,岡田巡査長の認否を明らかにしない真の理由は,岡田巡査長が「覚醒剤」を有償で譲り受けた事実について黙秘ないし否認していることにあるものと思われる。
この記事で気になるのは,なぜ覚醒剤取締法違反ではなく麻薬特例法違反の被疑事実で逮捕されたかという点,そして押収された証拠品は「覚醒剤」だったのかという点である。
仮に,科捜研の鑑定の結果,試料から覚醒剤成分が検出されていれば,密売人の供述と総合的に思料して,岡田巡査長が覚醒剤を有償で譲り受けた嫌疑が濃厚であるから,逮捕被疑事実は覚醒剤取締法違反(同法41条の2第1項)となるはずである。
他方,鑑定の結果,試料から覚醒剤成分が検出されなくても,麻薬特例法違反(同法8条2項)の被疑事実であれば逮捕は可能である。
なぜならば,同法8条2項の薬物等譲受罪の構成要件は,
ア 「薬物犯罪(規制薬物の譲渡し、譲受け又は所持に係るものに限る。)を犯す意思」があること
イ 「薬物その他の物品」が客体であること
ウ 当該客体を「規制薬物として……譲り受け」たこと
であり,たとえ試料から覚醒剤成分が検出されなくても,「薬物犯罪を犯す意思」をもって「薬物その他の物品」を「規制薬物として」「譲り受け」ている限り,麻薬特例法違反(同法8条2項)の犯罪が成立するからである。
このように覚醒剤ではない薬物を購入した者について,たとえそれが合法的な薬物であるとしても,密売人から「これは覚醒剤である」と告げられたことにより当該薬物が覚醒剤であると誤信して,覚醒剤を購入する意思の下にこれを買い受けたときは,麻薬特例法違反の犯罪(薬物等譲受罪・同法8条2項)が成立することになる。
この犯罪類型は,合法的な物品を購入した人を処罰対象とする点で,一見合理性を欠くようにも思われる。
しかし,薬物犯罪に関して,しばしば使われる捜査手法の中に,「コントロールド・デリバリー」というものがある。
これは,一種の囮捜査であって,例えば違法薬物の密輸のルートを把握した捜査機関が,薬物運搬の経路の途中で秘密裡に荷物の内容物である違法薬物を抜き取り押収しつつ,荷物を受け取る荷受人のところに空の箱だけ届けたうえ,これを荷受人が受領した瞬間に麻薬特例法違反の現行犯人として逮捕する,という捜査手法である。
この場合における空き箱は,単なる「物品」であるが,荷受人は,中に違法薬物が入っている箱と誤信して,違法薬物の譲受罪を犯す意思の下に当該物品を受領している以上,麻薬特例法8条2項の構成要件をすべて充足し,犯罪が成立することになる。
ちなみに,この事例のように,違法薬物そのものを荷受人の受領前に秘密裡に押収し,荷受人には違法薬物が届かないように仕組まれているコントロールド・デリバリーのことを「クリーン・コントロールド・デリバリー」という。
麻薬特例法8条の規定は,このようなクリーン・コントロールド・デリバリーの捜査網に引っかかった者を,犯罪者として処罰するために設けられたものである。
仮に同法8条がなければ,上の事例における荷受人は,処罰できない。
なぜならば,違法薬物を受領することが原始的に不能となっているため,刑法上不能犯と評価されるからである。
さて,ニュース記事の事件をみると,被疑者岡田巡査長は,「覚醒剤取締法違反」ではなく「麻薬特例法違反」の被疑事実で逮捕されている。
そうすると,被疑者宅の捜索差押えの結果,押収された証拠品の鑑定結果として,覚醒剤成分が検出されなかったため,密売人の供述を主たる根拠として,被疑者を「麻薬特例法違反」の被疑事実で逮捕したのではないか,と推測される。
あるいは,逮捕状請求当時の状況ではまだ鑑定結果が出ておらず,密売人の供述しか得られていなかったことから,差し当たり最も嫌疑が濃厚な「麻薬特例法違反」の被疑事実で逮捕状を請求し,その後の試料の鑑定結果として覚醒剤成分が検出されたのかもしれない。
そうだとすると,ニュース記事は一部誤報を含むことになる。
いずれにせよ,「覚醒剤」を買ったつもりが実は買えていなかったとしても,「覚醒剤」を買おうという意思で何らかの薬物等を購入したら,「麻薬特例法違反」として処罰の対象とされることを,善良な市民は知っておくべきである。
いわんや警察官においてをや。
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