裁判官弾劾制度とは何か
6月に投稿した内容と一部重複するが,あらためて裁判官弾劾制度について概説する。
日本国憲法第76条は,第1項で司法権(裁判をする権限)が通常裁判所に専属することを定め,第2項で特別裁判所の設置禁止及び行政権による終審裁判の禁止を定めたうえ,第3項では次のような条項を置いている。
「すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される。」
本条項は,裁判官の職権行使の独立を定めたものであるが,なぜ裁判官の職権行使の独立が憲法上要請されるのか。
裁判官には民主主義的多数決原理では掬われない少数者の人権を救済するという職責が担わされている。
このような裁判官ないし裁判所の職責を憲法学者は「裁判所は人権救済の最後の砦である。」と表現する。
人権救済の最後の砦である裁判所が,国民の多数意思を体現する国会や内閣に従属することになると,少数者の人権は国家権力による侵害の危険に曝されてしまう。
それゆえ,裁判所の組織に属する個々の裁判官が「法の支配」の原理を唯一の拘束原理として,自己の職業上の良心に従って自由に裁判をすることが少数者の人権救済の観点から必要不可欠であり,かかる理由から裁判官の職権行使の高度の独立が憲法上要請されるのである。
憲法は,裁判官の職権行使の独立の重要性に鑑み,裁判官の罷免事由を著しく限定し,公の弾劾による罷免を除く懲戒処分及び分限処分の権限を裁判所組織に専属させている。
具体的には,憲法第78条が次のように定めている。
「裁判官は,裁判により,心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては,公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は行政機関がこれを行ふことはできない。」
上記の規定から,公の弾劾による罷免を除き,裁判官に対する懲戒処分及び分限処分の権限は当該裁判官が属する裁判所組織に専属していることが分かる。
なお,最高裁判所裁判官は,国民審査によって罷免される可能性がある(憲法79条2項~4項)。
そして,例外的に通常裁判所の組織系列に属さない裁判体によって裁判官の罷免事由の有無を判断し罷免の裁判を行う機関が,弾劾裁判所である。
憲法第64条第1項は,次のように定める。
「国会は,罷免の訴追を受けた裁判官を弾劾するため,両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。」
裁判官の弾劾に関する事項は法律で定めるとする憲法の規定(憲法64条2項)をうけて,裁判官弾劾法が制定されている。
裁判官弾劾法(以下,引用の際に「法」という。)によると,まず衆参各10人の国会議員からなる訴追委員会が,裁判官について訴追請求があった場合又は罷免事由があると思料される場合に,調査を行い(法11条1項),その調査結果を踏まえて罷免事由等を記載した訴追状を弾劾裁判所に提出して,当該裁判官に対する弾劾の訴追を行う(法14条1項2項)。
罷免事由は「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つた」こと(法2条1号),又は「その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつた」こと(法2条2号)に限定されている。
弾劾裁判所は,衆参各7人の国会議員からなる裁判体である(法16条1項)。
弾劾裁判所は,訴追を受けた裁判官に罷免事由があるか否かについて,公開法廷(法26条)における口頭弁論に基づいて(法23条1項)審判する。
訴追を受けた裁判官は,いつでも弁護人を選任することができ(法22条1項),審理手続については刑事訴訟法令の規定が原則として準用される(法22条2項,28条2項本文,29条2項本文,30条)。
弾劾裁判所による職権証拠調べが認められていることも特徴的である(法29条1項)。
訴追委員会の委員長又はその指定する訴追委員の審判への立会いが定められている(法24条)ことから,一応当事者主義構造が採用されていることが分かるが,兼職が禁止されているとはいえ(国会法127条),訴追委員と弾劾裁判所の裁判員はいずれも同じ国会議員であるから,糾問主義的な色彩が濃い手続であることも否定できない。
弾劾裁判所が罷免の裁判をするには,審理に関与した裁判員の3分の2以上の多数の意見によらなければならない(法31条2項ただし書)。
裁判官は,罷免の裁判の宣告により罷免される(法37条)。
罷免の裁判に対する不服申立制度は存在しないが,罷免の裁判の宣告の日から5年を経過し相当な事由があるとき等の要件を満たした場合には,罷免された裁判官は資格回復の裁判を請求することができる(法38条)。
以上が裁判官に対する弾劾裁判制度の概要である。
なお,罷免の訴追を受けた裁判官に関する免官の留保(弾劾裁判所の終局裁判があるまでの間,免官の願い出があっても罷免の訴追を受けた裁判官の職を免ずることができないとする制度。法41条)や,弾劾裁判所が罷免の訴追を受けた裁判官の職務を停止する制度(法39条)が設けられていることも特徴的である。
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