30年経っても学習しない体育教師あるいは教育委員会

昭和62年2月6日,最高裁判所第二小法廷は,横浜市立中学校で体育の授業中に起きたプール事故について,以下のように判示している。

・「国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には,公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当」である……

・「学校の教師は,学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており,危険を伴う技術を指導する場合には,事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務がある」……

・「松浦教諭は,中学校3年生の体育の授業として,プールにおいて飛び込みの指導をしていた際,スタート台に静止した状態で頭から飛び込む方法の練習では,…空中での姿勢が整わない者など未熟な生徒が多く,その原因は足のけりが弱いことにあると判断し…生徒に対し,…2,3歩助走をしてスタート台に上がってから飛び込む方法を指導したものであり,被上告人…は,右指導に従い最後の方法を練習中にプールの底に頭部を激突させる事故に遭遇したものである」…

・「スタート台上に静止した状態で飛び込む方法についてさえ未熟なものの多い生徒に対して右の飛び込み方法をさせることは極めて危険であるから,原判示のような措置,配慮をすべきであったのに,それをしなかった点において,松浦教諭には注意義務違反があったといわなければならない。」


以上が著名な国家賠償請求訴訟事件である「横浜市立中学校プール事故訴訟」(最判昭62.2.6)の判旨であり,最高裁判所はこのように判示したうえで,横浜市の上告を棄却して,被害者(第一審原告)の国家賠償請求を認容した。


前掲最判から約30年後の2016年(平成28年)7月14日,東京都江東区の都立高校で,前掲最判と同様のプール事故が起きた。


事故の概要は,以下に引用する記事のとおりである。


「事故のあった日の授業では、飛び込みの指導をおこなっていた。教諭はスタート台から約1メートル前方・水面からの高さ約70センチメートルほどの場所にデッキブラシを水平に持ち、生徒に対してデッキブラシを越えて水に飛び込むよう指示した。

男子生徒はその際、プールの底に頭をぶつけて首を骨折し、介助が必要な状態になった。」


横浜市立中学校プール事故訴訟(前掲最判)とのちがいは,飛び込みの際の指導方法のちがいに過ぎず,前掲最判の事案では飛び込む際に助走をさせていたのに対し,江東区の都立高校の事案(以下「本件」という。)ではデッキブラシをハードル代わりにしてこれより高い位置までジャンプして頭から着水するように指導していたというものであり,いずれにせよ「極めて危険」な指導方法であることに相違ない。


本件では,プール事故の1年9カ月後の2018年(平成30年)4月16日,違法な指導をした体育教諭が停職6か月の懲戒処分を受けている。


停職6か月が重いと感じるか,軽いと感じるかは,ニュースを見た人の属性によるだろう。

教職に就いている人は,かなり重い処分だと考えるだろうが,教職に就いていない大多数の国民は,「そんな軽くて済むの?」という感想を持つに違いない。


本件の被害者である都立高校の元生徒は,首を骨折し介助が必要な状態になるという甚大な被害が生じているにもかかわらず,事故から1年9カ月後にようやく行政処分がなされたという判断の遅延も一国民としては納得しがたい。


本件では,2020年(令和2年)12月に,東京地方検察庁が業務上過失傷害罪(刑法211条前段)の被告事実で当該体育教諭を略式請求した。

しかし,裁判所の判断で,本件は略式請求が不相当とされ(刑事訴訟法463条1項後段),公判期日が指定されて,2021年(令和3年)7月9日に第1回公判期日が行われた。


被告人は,公判で起訴された内容を認めて「人生を狂わせてしまったことを深くおわびします。決して故意で行ったわけではないことは認識してほしい」と謝罪したと報じられており,検察官は,100万円の罰金刑を求刑したとのことであるが,本件刑事裁判では被害者が被害者参加して求刑意見として禁錮刑の実刑に処することを求めている。


被害者が被告人に対して禁錮刑の実刑に処することを求める理由は,被告人が6カ月の停職期間満了ののち教員として現場に復帰したからであり,禁錮刑の実刑判決を確定させて確実に同人の教員免許を失効させたいからである。


本件刑事裁判については,2021年(令和3年)11月22日に東京地方裁判所で第一審判決が宣告される。


被害者と東京都の間で民事上の損害賠償(国家賠償)に関する交渉があったか否かはニュース記事からは定かではないが,被害者が損害及び加害者を知った時から3年以上経過していることから(国家賠償法4条・H29改正前民法724条),おそらく既になんらかの示談交渉がなされており,金銭的な解決は図られているものと推測される。


横浜市と東京都で地方公共団体がちがうから,30年前に酷似の事案があって地方公共団体が敗訴しているという重要な事実を教育委員会や体育教諭は知らなかったとでも言うのだろうか。

あるいはすっかり忘れていたのか。

こういう重要判例を忘れていること自体,教職に携わる者として完全に不適格であり,直ちに教員免許を失効させるべきであろう。


教員は学校事故に関する重要判例を研修で教わらないのか。

教育委員会は学校事故の重要判例を研修で教員に叩き込まないのか。


純粋文科系人間で,趣味は完全インドア派の私のような人間は,こういう事件をみると,「これだから筋肉脳は…」と嘆息してしまう。


しかし,悪いのは,筋肉脳の体育教師だけでなく,体育教師をきちんとしつけられなかった教育委員会も同罪である。


被害者本人はもちろん,大切な子どもを学校に預けている親も,本件の体育教諭のような教員に対しては厳しく処断してほしいと願うのはやむを得ないことだろう。


都立高校プール飛び込み事故:授業担当教員への公判始まる

 http://kyoukublog.wp.xdomain.jp/post-22300/


高校の水泳授業で飛び込み指示し生徒に大けが 22日 教諭に判決

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211122/k10013356911000.html