事例研究(責任追及等の訴え[株主代表訴訟]) 2022/07/14

【東電の元会長らに約13兆円賠償命令 日本の裁判で過去最高額 東京地裁「注意義務があった」】~TBS NEWS DIG


<記事抜粋>

福島第一原発事故をめぐり東電の株主が旧経営陣を訴えた裁判で、東京地裁は旧経営陣4人に対し、13兆円あまりを支払うよう命じる判決を言い渡しました。

日本の裁判で過去最高額の賠償命令とみられます。

13兆円の賠償を命じられたのは勝俣恒久元会長、清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の4人です。

この裁判は東電の個人株主ら48人が旧経営陣に対し、福島第一原発事故について、事故を予見でき対策を講じるべきだったのに怠ったなどとして、東京電力が負担した廃炉の費用や被災者への賠償金などおよそ22兆円を支払うよう求めたものです。


<争点>

責任追及等の訴え(株主代表訴訟)


<所感>

会社法847条1項本文は「6カ月…前から引き続き株式を有する株主…は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等…の責任を追及する訴え…の提起を請求することができる。」と定めており、同条3項は「株式会社が第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。」と定めている。

一般に同条3項の制度は「株主代表訴訟」と呼ばれており、記事の訴訟はこの「株主代表訴訟」にあたる。

株主代表訴訟は、代位訴訟の一種であり、本来の権利者(=株式会社)自身が権利(=役員に対する損害賠償請求権)の行使を怠っている場合に、その権利者と密接な利害関係を持つ者(=株主)に原告適格を認め、権利者のために訴訟を追行することを認める制度である。

株主代表訴訟以外にも、債権者代位訴訟(民法423条以下)などの代位訴訟制度が存在する。

平成14年9月より前は、地方自治法にも同様の住民訴訟制度(いわゆる4号訴訟)があったが、平成14年9月の改正地方自治法により4号訴訟は、代位訴訟から義務付け訴訟に変わった。

株主代表訴訟の特徴は、債権者代位訴訟とは異なり、原告たる株主が勝訴しても、株主は金銭を取得することができず、全て会社に支払われる点にある(ただし、勝訴株主は、一定の費用及び弁護士報酬の一部に相当する金銭を会社に請求することはできる(会社法852条1項)。)。

株主代表訴訟の原告は、民事訴訟法学上、「法定訴訟担当」と呼ばれる。法定訴訟担当とは、法律の規定により第三者の権利につき管理処分権が与えられ、原告適格が認められる場合の当該原告を指す。

株主代表訴訟の被告は、会社に対して損害賠償責任を負う役員等である。

役員等の会社に対する損害賠償責任については、会社法423条1項が「取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めている。

これは一般に役員等の「任務懈怠責任」と呼ばれているが、任務懈怠といっても、いわゆるサボりではない(サボりがこれに該当する可能性もあるが)。むしろ、役員等が職務上の注意義務(善管注意義務/会社法330条・民法644条)に違反して会社に損害を与えた場合に生じる損害賠償責任を指す言葉である。

役員等は、会社から経営を委託された一種の受任者であり、会社の受任者として会社に対し善良な管理者の注意をもって職務を遂行する義務を負っている。

これに違反した場合の債務不履行責任について定めた規定が会社法423条である。

同条1項は、善管注意義務に違反した場合に役員等が当然負うべき責任について注意的に規定したものである。

同条の規定の意義は、2項以下で民法上の債務不履行責任の特則を置く点にある。

本件の場合、東京電力の元会長ら4人が、福島第一原子力発電所の事故に関し、当該事故を予見できたはずであるにもかかわらず、何らの防止策も講じなかったことをもって「任務懈怠」があったと裁判所が認定し、廃炉費用等の額を損害と見積もって、合計約13兆円という破格の損害賠償を命じる判決が下された。

では、東京電力の元会長ら4人は、13兆円もの損害金を現実に支払うことができるのか。

彼らが全員イーロン・マスク並みの資産家であれば全額の賠償は可能だろう。

しかし、独占企業のトップとして高額の報酬を得ていた人物とはいえ、我が国の取締役・執行役・代表執行役が一人当たり約3兆円の損害金を支払うことはきわめて困難と考えられる(しかも理論的には13兆円の損害賠償債務は分割債務ではなく連帯債務であるから、任意の一人に対して全額請求されても支払拒絶ができない。)。

会社法は、このような事態を想定してか、役員等の損害賠償責任を免除する規定をいくつか設けている。

まず、役員等の対会社損害賠償責任の全部を免除するには「総株主の同意」が必要である(会社法424条)。

しかし、株主数が多数にわたる会社において、総株主の同意を得ることはきわめて困難である。

より現実的な適用可能性がある制度は、「責任の一部免除」の制度である。

会社法425条1項柱書は「前条の規定にかかわらず、第423条第1項の責任は、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償の責任を負う額から次に掲げる額の合計額(第427条第1項において「最低責任限度額」という。)を控除して得た額を限度として、株主総会…の決議によって免除することができる。」と定めている。

やや回りくどい文言だが、要するに最低責任限度額を超過した部分は全部カットすることができる、という意味である。

そして、同項1号イ・ロによると、「代表取締役又は代表執行役」の最低責任限度額はその在職中の年俸の6倍の金額(つまり年俸6年分)、「代表取締役以外の取締役(業務執行取締役等であるものに限る。)又は代表執行役以外の執行役」の最低責任限度額は年俸4年分の金額とされている。

つまり、東京電力の元役員らは、株主総会の決議によって責任の一部免除を受けることにより、年俸6年分又は年俸4年分の損害賠償をすれば足りることになる。

ただし、この場合の株主総会決議は、いわゆる特別決議となるから(会社法309条2項8号・425条1項)、出席株主の議決権の3分の2以上の多数によって決議しなければならない。

「13兆円」と聞いて「そんなに払えるわけない!」と思った方は、年俸4年分又は6年分で済む可能性があると分かったら、どういう感想に変わるのだろうか。

がっかりするのか、それとも、ほっとするのか。

その感想によって、あなたの現在のステータスがある程度推測できます。