事例研究(窃盗罪の保護法益) 2022/08/02

【詐欺で得た金の一部を“独占”か 逮捕の吉羽美華・寝屋川市議】~TBS NEWS DIG


<記事の引用>

大阪府の市議会議員らが新型コロナに関する公的融資制度を悪用した詐欺の疑いで逮捕された事件で、市議の女が入手した現金の一部を独占していたとみられることが新たにわかりました。

大阪府寝屋川市の市議・吉羽美華容疑者(42)ら5人は、コロナ禍で業績が悪化した福祉施設に対し、本来は必要のない公的融資の仲介を持ちかけ、手数料としておよそ6000万円をだまし取った疑いで逮捕されました。

吉羽容疑者は犯行グループが詐欺によって得たとされる多額の現金の一部をグループから盗んだとみられ、警察が窃盗の疑いでも捜査していることが捜査関係者への取材で新たにわかりました。

警察は、被害総額が十数億円に上るとみられる詐欺行為に吉羽容疑者が議員の立場を利用したとみて調べています。


<争点>

窃盗罪の保護法益


<所感>

この事件は、市議会議員が議員としての地位を利用して組織的詐欺を共同実行したものであり、詐欺事件の被害総額が10数億円という規模と組織的詐欺という犯行態様に鑑みると、初犯でも一発で実刑に処せられてしまうケースである。

まだ有罪判決が宣告されているわけではないから、あくまでも報道が正しいという仮定のうえでの議論になるが、本件の市議会議員は、詐取した金銭のうちの一部を仲間に無断で「独占」した嫌疑もかけられており、被疑罪名は「窃盗罪」である。

本件には司法試験に出題されそうな論点が含まれていて、それは財産犯の被害品をさらに盗取することで新たな窃盗罪が成立するか否か、という論点である。

この点については、窃盗罪(刑法235条)の保護法益にさかのぼって論じる必要がある。

窃盗罪の保護法益については、①本権説と②占有説と③平穏占有説の3説が対立している。

本権説は、財物の本権(=所有権)を有する者の使用収益処分権能の行使を妨げるものが「窃盗」であり、窃盗罪はかかる本権を保護する犯罪類型と解する立場である。

本権説に対しては、この説を論理的に徹底すると、賃借人が占有している財物を窃取しても本権(所有権)を侵害したことにならないから窃盗罪が不成立となるのではないかという批判がある。

占有説は、本権の有無とは無関係に、財物の占有を奪取して占有者の使用収益権能の行使を妨げるものが「窃盗」であり、窃盗罪は財物の占有自体を保護する犯罪類型と解する立場である。

占有説に対しては、窃盗の被害者が窃盗犯から盗品を奪い返す行為が自力救済と認められず当該被害者自身に別途窃盗罪が成立してしまい不合理であるという批判がある。

平穏占有説は、上記両説の不合理な点を解消するために唱えられた学説であり、窃盗罪は本権のみならず「平穏な占有」をも保護する犯罪類型と解する立場である。

この説によれば、賃借人の占有は賃借権に基づく「平穏な占有」だから、賃借人から財物を窃取した場合にも窃盗罪が成立する一方で、窃盗の被害者が自ら財物を取り戻す行為については窃盗犯の占有自体「平穏な占有」にあたらないため自力救済によって財物の占有を回復した被害者には別途窃盗罪は成立しない、という結論が得られる。

以上からすると、窃盗罪の保護法益に関する理解としては、平穏占有説が最も妥当な結論が得られる考え方であって、これを採用すべきであるようにも思われる。

しかし、平穏占有説の難点は、本件のように財産犯の被害品を窃取した場合に現れる。

すなわち、平穏占有説の論者も、窃盗の被害者が自力で被害品を取り戻した場合には当該窃盗犯の占有は「平穏な占有」にあたらないと解する一方で、窃盗の被害品を第三者がさらに窃取した場合には当該原窃盗犯の占有は当該第三者との関係においては「平穏な占有」とみなされ新たな窃盗罪が成立する、と結論付けるからである。

このように「平穏な占有」という概念が相対的で不明確であるため、犯罪の成否の判断基準も不明確となり、罪刑法定主義に反するおそれがある、という批判が平穏占有説に対して向けられることになる。

そこで、判例・刑事実務はどの立場に立脚しているかと言うと、判例は占有説を採用している(最決平元.7.7)。

この説を採ると、窃盗の被害者が盗品を自力で取り戻す行為にも窃盗罪が成立するという難点があるが、この点については、我が国の民事法も自力救済を原則として禁止しており、たとえ盗難の被害に遭ったとしても自力救済によることなく民法上の物権的返還請求訴訟を提起して占有の回復を図るべきであると考えれば、占有説はあながち不合理な説ではないといえるだろう。

窃盗罪の客体が宝石のように容易に転売される可能性があるため訴訟提起をしている時間的余裕がない場合にやむを得ず自力救済により取り戻したときは、可罰的違法性が認められず違法性が阻却される行為としてディクリミナリゼーション(非犯罪化)により窃盗として訴追しないという取扱いをすればよい(そのための起訴便宜主義である。)。

さて、本件の市議会議員に窃盗罪が成立するかという問題については、上記の占有説を採れば窃盗罪が成立することになる。

もっとも、金銭に関しては、民法上は占有と所有権の所在が常に一致するため、実はどの説を採用しても窃盗罪の成立は免れないという結論に達する。