事例研究(消費者契約取消権) 2022/08/03

【宗教法人に消費者契約法は適用されないってホント? 消費者庁に聞いてみた】~弁護士ドットコムニュース


<記事抜粋>

安倍晋三元首相の銃撃事件で、宗教団体による「霊感商法」をめぐるトラブルや、霊感商法について規定する法律に注目が集まっている。

報道によれば、事件の被疑者は母親が団体に多額の寄付をした結果、破産に追い込まれたという。

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を含む新興宗教にまつわるトラブルについては、多額の献金や物品の購入を求められ金銭トラブルとなったなどの相談が弁護士ドットコムにも寄せられている。

消費者契約法は、霊感等による知見を用いた告知により締結された消費者契約の取り消しを認めている。

この規定は、2018年の同法改正により新たに設けられた。

SNS等では、この規定によって「霊感商法が大幅に減っている」「改正法で旧統一教会に打撃を与えた」などの意見がある一方、「宗教法人への寄付お布施には対処しない」「本人の意思で行った献金にも適用されるのだろうか」「献金は消費者契約法には当たらないので何の救いにもなっていない」など、規定の実効性について疑問の声もあがっている。

消費者庁消費者制度課の担当者は、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「宗教法人や、法人格がなくとも組織としての体裁のある団体であれば、消費者契約法の適用対象になる」と話した。

消費者契約法は、適用対象となる「事業者」について、「法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」と定めており、宗教法人・団体はこの「法人その他の団体」に当たるとする。

むしろ、消費者契約法を適用する上でネックとなり得るのは、事業者たる宗教法人と消費者との間におけるやり取りが消費者契約法の適用対象となる「消費者契約」に該当するかどうかだという。

「たとえば、宗教的な要素の強い寄付行為やお布施だと、そもそも『契約』ではなく、『単独行為(一個の意思表示のみで成立する法律行為)』に当たる可能性があります。

金銭の授受があったとしても、消費者契約法上の『契約』かどうかが同法の適用についてネックになるところでして、民法の解釈になってきますが、いわゆる贈与契約や不当な対価の売買契約などの『契約』になるかどうかが1つのポイントになるかと思います」(担当者)


<争点>

宗教団体への消費者契約法の適用の可否


<所感>

記事に出てくる消費者庁「担当者」の発言中に、「宗教的な要素の強い寄付行為やお布施はそもそも『契約』ではなく、『単独行為』に当たる可能性がある」旨の発言があるが、日本の民法は寄付やお布施その他の「贈与」を典型契約として規定している(民法549条以下)。

宗教的な要素の強い寄付やお布施を「単独行為」と解する法的根拠は記事中では示されていない。

たとえば賽銭箱に賽銭を投げ入れる行為を考えると、寺社仏閣が賽銭箱を設置する行為が贈与契約の申込みであり、この箱に任意の額の金銭を投げ入れる行為が贈与契約の承諾となるから、この場合には賽銭を投げ入れた瞬間に金銭の現実贈与が成立している。

外国には贈与を契約とせず「単独行為」と定める立法例が多い。アメリカはその一つである。

しかし、日本は、贈与を単独行為とせず「典型契約」の一種とした。

その趣旨は、日本では慈善団体や宗教団体に対する高額の金銭その他の財産の贈与が一般的ではなく(例外は賽銭だが欧米におけるドネーションと比べると一般に少額である。)、むしろ親族間の扶養の手段として贈与が用いられたり、友人その他の親しい間柄の者どうしが「困ったときはお互い様」と無償で一定の財産を移転することが多いことに鑑み、一定の法的拘束力を持たせるべく典型契約の一種とした点にある。

日本では贈与は諾成契約とされているが、高額の財産を軽率に贈与の目的としないために、書面によらない贈与を原則として各当事者が解除できるものと規定して(民法550条)、不動産等の高額の財産の贈与をするに際しては口頭ではなく書面で契約締結するよう促している。

そうすると賽銭を投げ入れる行為も贈与契約締結行為だとすると、いったん賽銭箱に金銭を投げ入れた後で、寺社仏閣に対してこれを解除して賽銭を取り戻すことができるようにも思われるが、賽銭箱に賽銭を入れた時点で贈与者の義務履行は終了している。

よって、「履行の終わった部分については」贈与契約を解除することができないとする民法550条ただし書の規定によりもはや契約を解除して賽銭を取り戻すことは不可能である。

さて、記事における争点は、「宗教法人に対する寄付やお布施を消費者契約法4条3項6号に基づき取り消すことの可否」であるが、霊感商法により不当な高額で買わされた壺について当該売買契約を取り消すことができることは異論がないだろう。

ただ、取消権は「形成権」(一方当事者の意思表示により現在の法律状態を変動させる権利。取消権のほかには解除権や相殺権が形成権の例。)であり、表意者自身がこれを行使しない限り霊感商法による取引をリセットすることができない。

信者は洗脳状態から脱しない限り、自らの意思で壺の売買契約を取り消すとは言わない。

しかし、壺の売買契約を取り消さないことによって一番困っているのは、山上被疑者のような、信者と生計を一にしている家族である。

このような法の仕組みを知ってか知らずか「霊感商法については消費者契約法上取消しが可能だから、実質的に被害は発生していない。」という暴論を唱える者がいる。

表意者自身が洗脳状態に陥っていることを自覚し、自ら壺の売買契約を取り消さない限り、表意者の家族の苦しみは続く。

これは「被害」ではないのか。

法の仕組みを知っている者が敢えて上記のような暴論を唱えるならば徹底的に糾弾しなければならないし、法の仕組みを知らないで暴論を唱える者に対してはその無知を糺さなければならない。

「宗教法人に消費者契約法が適用されるか」という掲題の問いに対しては、適用される場合もあると回答せざるを得ないが、仮に適用されるとしてもそれは必ずしも問題解決につながっていないということもまた知らなければならない。

そもそも消費者保護という消費者契約法の趣旨に鑑みると、「無償」契約に同法が適用されるかという点について疑問の余地がある。

むしろ、反社会的団体からの強要に応じて供した「お布施」や「みかじめ料」については、端的に公序良俗(民法90条)違反で無効とし、民法708条ただし書及び同法703条、同704条を適用して不当利得返還請求を認めるというのが法解釈としては適切であると思料する。