事例研究(みなし公務員の収賄罪) 2022/08/18

【「スポーツコンサルタントの正当な対価で賄賂ではない」逮捕の組織委員会元理事・高橋治之容疑者 特捜部の聴取に対し容疑を否認】~TBS NEWS DIG


<記事抜粋>

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の元理事が賄賂を受け取った疑いで東京地検特捜部に逮捕された事件で、元理事が逮捕後の取り調べに対し容疑を否認していることがわかりました。

この事件は、大会組織委員会の元理事・高橋治之容疑者(78)が2017年からオリンピックのスポンサー契約などでAOKI側から便宜を図ることを求められ、およそ5100万円の賄賂を受けとったとして特捜部に逮捕されたものです。

その後の関係者への取材で、高橋容疑者が逮捕後の取り調べに対し、容疑を否認し、「現金はスポーツコンサルタントの正当な対価で、賄賂ではない」という趣旨の供述をしていることが新たにわかりました。


<争点>

みなし公務員の収賄罪


<所感>

刑法197条2項は「公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、5年以下の懲役に処する。」と規定する。これを「事前収賄罪」という。

オリパラ組織委員会の理事は、みなし公務員(注:公務員法上の公務員ではないが、著しく公共性が高い公的職務を遂行する者を法律の規定により公務員とみなし、刑法等を適用する制度)である(令和3年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法28条)。

そうすると、高橋被疑者は、理事就任以前にAOKIホールディングスから請託を受けてコンサルティング料名目で現金を受け取り、これがAOKIホールディングスに対する便宜供与の対価と認定されれば、事前収賄罪(刑法197条2項)が成立する。

また、刑法197条1項後段は、公務員在職中に請託を受けて職務に関し賄賂を収受等する行為を「受託収賄罪」の実行行為として、これに対しては「7年以下の懲役」に処するとしている。

したがって、高橋被疑者が、理事就任後在職中にも請託を受けてAOKIホールディングスからコンサルティング料名目で現金を受け取り、これがAOKIホールディングスに対する便宜供与の対価と認定されれば、受託収賄罪(刑法197条1項後段)が成立する。なお、理事在職中の現金収受等は請託を受けていなくても職務関連性を充たす限り単純収賄罪(刑法197条1項前段)の構成要件該当行為となる。

さらに、刑法197条の3第1項は「公務員が前二条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期懲役に処する。」と規定する。これを「加重収賄罪」という。

引用記事は、高橋被疑者が本件に関し被疑事実を否認しているとの報道だが、報道されている供述内容は「現金はスポーツコンサルタントの正当な対価で、賄賂ではない」というものである。

まず「正当な」対価であるという高橋被疑者の主張は、当該収受に係る現金が不正の対価ではないという趣旨と解されるが、これはオリパラ選手の制服の縫製を依頼する際に公正な業者選定がなされたか否かにより、当該現金が不正の対価に当たるか否かが定まることとなる。

本来、スポーツに関わる公的団体が選手の制服を発注するにあたっては競争入札原則が適用されるのであって、随意契約によるべきではなく、高橋被疑者が理事としての地位を利用し、主導してAOKIホールディングスとの随意契約締結に至ったのであれば、不正の対価に当たると判断される可能性が高いだろう。

次に、高橋被疑者がAOKIホールディングスから収受した現金が「スポーツコンサルタント」の「対価」である、という主張については、職務関連性がないことを示唆する供述と解される。

しかし、賄賂の収受等と職務との間の関連性(「職務に関し」の構成要件)の解釈として、ロッキード事件(最判平7.2.2)等で確立した最高裁判所の見解は、当該公務員の個別的具体的な職務権限の範囲内の行為に限定されず、一般的抽象的職務権限の範囲内の行為を行い、その対価として賄賂を収受等していれば、「職務に関し」賄賂を収受等したことに当たり、職務関連性という構成要件を充足することになる。

高橋被疑者が自ら「スポーツコンサルタント」の「対価」として当該金銭を収受したと主張しているのであれば、この「スポーツコンサルティング」という行為が、オリパラ組織委員会理事の一般的抽象的職務権限の範囲内の行為であることは明らかであり、高橋被疑者の主張自体が失当である。

残る争点は、賄賂収受の時期と、「不正」の有無であり、これらの構成要件充足次第で、高橋被疑者に対する刑の軽重が決まってくる。

なお、収賄罪という犯罪類型は、仮に「正当な職務」の対価としてであっても、公務遂行に関して公務員が私人から金銭を受け取る等の行為を一切禁止する趣旨である。

たとえ正当な職務の対価としてであれ、公務員が職務に関して私人から金銭を受け取れば、それだけで公正な公務に対する社会一般の信頼が害されることになるからである。

そもそも公務員は、その職務の対価をもっぱら国又は公共団体からのみ受け取るべきであり、民間人や民間企業からは1円も受け取ってはいけない。それが公務員である。

受け取った金銭が「不正」な対価ではないから罪を免れる、と思っているのであれば、それは単なる高橋被疑者の思い違いに過ぎない。