事例研究(無罪推定の原則) 2022/11/29

【奄美市高齢女性殺害事件 被告の男性(24)に無罪判決「指紋や髪は被告のものだが殺害に合理的疑い残る」鹿児島地裁】~Yahoo!ニュース


<記事抜粋>

3年前、奄美市の住宅に侵入し、高齢の女性を殺害した罪に問われた男の裁判員裁判で、鹿児島地方裁判所は28日、男に無罪判決を言い渡しました。

判決で鹿児島地裁の中田幹人裁判長は「現場から見つかった指紋や髪の毛は渡部被告のもの」と認定しました。

一方で、それらは「瀧田さんが殺害された時よりも前に室内を物色した際に残された可能性があり、渡部被告が瀧田さんを殺害したと認定するには合理的疑いが残る」などとして、検察側の懲役20年の求刑に対し渡部被告に無罪を言い渡しました。


<争点>

無罪推定の原則(憲法31条)


<所感>

この判決は、決定的な情況証拠が存在しない事件で犯人性を推認することを許さないとした、裁判員裁判による判決として、非常に重要なものである。

従前の刑事実務では、被告人の指紋や髪の毛が犯行現場に遺留されていたら、当該指紋の付着の時期、髪の毛の抜落の時期を問わず、ただちに被告人の犯人性を推認し、無罪主張を排斥したであろう。

しかし、本件の裁判員裁判体は、「無罪推定の原則」(憲法31条)を正しく理解したうえで、被害者が殺害された時期と被告人の指紋の付着等の時期が異なっている可能性が払拭できない以上、被告人を本件犯行の犯人と断定することはできないとして、無罪の判決を下した。

本件の弁護人は、捜査段階から本件を担当しており、おそらく当初から一貫した弁護方針を被告人に説明したうえで、この弁護方針を貫いた結果、このような画期的な判決を獲得したものと思われる。

本件に関する感想ツイートで、「人命を奪っても、無罪になるんだ…」というものがあったが、これは完全な誤解である。

人命を奪った犯人は決して無罪にはならない。

しかし、本件の被告人がその犯人であるとは認定できない、という理由で無罪となったのである。

これが刑事事実認定における「犯人性の有無」というテーマであり、本件は、「犯人性」の争い方の手本を弁護人が示したものといえる。

刑事事件では被告人が無罪であると推定され「疑わしきは被告人の利益に(in dubito pro reo)」という原則に従って判断されなければならないため、検察側において有罪認定のための合理的立証を尽くす必要がある。

本件の検察官は、ただ「被告人の指紋と髪の毛が犯行現場に遺留されていた」という事実だけを立証したにすぎず、それが「いつ」「いかなる機会に」遺留されたかを立証できなかったため、裁判所が被告人の犯人性を認定しなかったものである。

別の記事によると、裁判官が、被告人質問の際の検察官の反対質問を遮ったというから、検察官の立証活動がいかに杜撰なものであったかがうかがい知れる。

弁護人の立証・弾劾活動が成功したことに加え、本件で重要なことは、裁判員裁判において一般国民の視点で無罪推定原則に従った公正な判断がなされた、という点にある。

「人命を奪っても、無罪になるんだ…」とツイートした人は、自ら裁判員として参加したわけでもなく、本件を傍聴したわけでもなく、ただ刑事実務に無知なまま思い込みによってこのようなツイートをしてしまったのだと思うが、これを機に「無罪推定の原則」とは何かをきちんと学んでほしい。

いずれにしても、本件の弁護人の活動は最大の賞賛に値する。

検察側は控訴することが予想されるが、仮に控訴されても控訴審でも弁護人にがんばってほしい。