コンメンタール憲法①(2023/11/16)

*主要七法(憲法、行政法、民法、刑法、商法・会社法、民事訴訟法、刑事訴訟法)について、重要な条文を挙げて、その解釈論を紹介します。判例がある場合には判例も適宜紹介します。コンセプトは、弁護士・資格予備校講師がお送りする5分で読める法律講義。


【条文】

憲法第1条

「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」


【解説】

この条文は、大日本帝国憲法(明治憲法)における君主主権を否定し、国民が主権者であることを明らかにするとともに、天皇の機能のうち象徴としての機能のみを残すことを明確化したものです。


明治憲法における天皇は、日本国の象徴であることはもちろん、名目上のみならず実質的にも日本の「元首」と位置づけられていました(大日本帝国憲法第4条)。


明治憲法で、天皇は、統治権の「総攬」者(=国内のすべての公権力を掌握して、国家及び国民全体を管理する権限を有する絶対的支配者)とされ(大日本帝国憲法第4条)、絶大な権力を持っていました。


しかし、周知のように、天皇の絶対的権力は軍部に悪用されました。

すなわち天皇を神格化して全国民を天皇の勅命に強制的に従わせ、第二次世界大戦という総力戦に全国民を動員するうえで天皇が利活用されたのです。


このように軍事指揮権を含む天皇の強大な権力は、第二次世界大戦における日本の敗戦に伴い縮小限定されなければならない、とアメリカその他連合諸国が考えました。


そこで、日本の新憲法を制定するにあたり、天皇主権を完全に撤廃し、天皇の機能を象徴的機能に限定することで天皇制の存置が図られました。

GHQは当初天皇制自体を完全に廃止することを予定していましたが、日本国民の心情・心性に配慮し効率的な暫定統治を進める必要から象徴天皇の利用を図ったのです。


ただし第二次世界大戦当時におけるような政治的軍事的利用の危険に鑑み、天皇から全ての国政意思決定権をはく奪し、純然たる象徴として天皇を利用することとしました。


現行憲法下の天皇には象徴としての機能しかないとはいえ、他の国民とは違う特殊性(例:婚姻の自由等の重要な人権享有の否定。世襲制の公職であることetc.)とその代償としての特権的地位(例:税金を財源としてその生活が保護されている等の特権)があります。


そこで、最高裁判所判決によると天皇には民事裁判権が及ばず(最判平元.11.20)、また解釈上天皇を刑事訴追することはできない(通説。摂政の在任中刑事訴追禁止を定める皇室典範21条参照[同条もちろん解釈])と解されていますが、いずれも天皇が「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であることが根拠となります。


天皇も国民である以上、他の自然人と同様、民事責任及び刑事責任を負う能力は本来あります。

しかしながら国の「象徴」である個人(=天皇)が不法行為損害賠償責任を負担したり、刑事責任を追及されて懲役実刑に服する、ということになると、日本国民全体が不法行為者ないし犯罪者によって象徴(=代表/represent)されていることとなり、日本にとって著しく不名誉な事態となります。

それゆえ天皇に手続法上特権的地位を付与し、天皇の法的行為責任については性質上可能な限りすべて内閣に代理負担させることとして、天皇を特別に免責することとしたのが上掲最高裁判決であり通説による憲法1条の解釈論です。


もちろん国家元首が犯罪を犯して刑事訴追される例は、諸外国で多数みられます。

しかし、近代国家の元首は、イギリスを除き、すべて任期付きでその地位を得ているにすぎず、終生元首の地位に就いているわけではありません。

現実に元首が刑事訴追されるのは、通常、元首の職を辞した後です。

他方、天皇は終身制の公職であることから、生前退位という形で自己の意思により職を辞さない限り、刑事責任に服することができません。


憲法1条が国民主権の根拠条文であることは有名です。

天皇主権(君主主権)から国民主権へ、という時代の流れが色濃く反映されている規定であると言えます。

国政に関する最終意思決定権は、天皇の手から国民の手へとバトンタッチされた、と覚えておくと良いでしょう。