コンメンタール民法①(2023/11/27)

*主要七法(憲法、行政法、民法、刑法、商法・会社法、民事訴訟法、刑事訴訟法)について、重要な条文を挙げて、その解釈論を紹介します。判例がある場合には判例も適宜紹介します。コンセプトは、弁護士・資格予備校講師がお送りする5分で読める法律講義。


【条文】

民法第95条第1項第1号

「1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。

 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤」

同条第4項

「第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。」


【解説】

平成29年改正前民法(以下「旧法」といい、改正法施行後の民法を「現行法」という。)における錯誤の条文(旧法95条)は「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」というものでした。


掲記の現行法の規定と比べてみてすぐに分かることは、錯誤による意思表示の効果が変わった点です。

「無効」とされていた効果が「取消し」に変わりました。

また、旧法では第三者保護規定が設けられていなかったところ、現行法では善意かつ無過失の第三者を保護する規定(現行法95条4項)が新設されました。

これら以外にも、95条の変更点はありますが、基礎事情の錯誤(現行法95条1項2号、同条2項)に係る点と、表意者の重過失の再抗弁(現行法95条3項)に係る点については、機会をあらためて解説します。


効果が変更された趣旨については、従前から無効主張権者が表意者に限定されていたことから、表意者保護という趣旨の共通性に鑑みつつ、取引の安全の要請もふまえ、錯誤による意思表示の効果を「取消し」にしたというものです。


掲記の現行法95条1項1号の錯誤は一般に「表示行為の錯誤」と呼ばれています。

意思と表示の不一致があり、かつその不一致を表意者自身が知らない場合が「表示行為の錯誤」です。

訴訟上錯誤が主張される事案で比較的多いのは「基礎事情の錯誤」ないし「動機の錯誤」の主張ですが、たとえば使者(=代理人ではない単なる意思伝達機関)が表意者の真意と異なる意思表示を相手方にした場合は動機の錯誤ではなく表示行為の錯誤が問題となります。


表示行為の錯誤による意思表示の取消しを抗弁として訴訟上主張する場合の要件事実(=民法上の効果を導く要件たる事実のこと。当該要件に該当する具体的事実を「要件事実」と呼ぶこともある。)は、以下のとおりです。


ア 当該意思表示に対応する意思が表意者になく、そのことを表意者が知らずに意思表示をしたこと

イ アの錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要であること

ウ 相手方に対する取消しの意思表示


錯誤取消しは訴訟外でも主張可能であり、その際に主張すべき要件事実も上記のとおりです。

勘違いで契約をしてしまい、契約を無かったことにしたいと考えている方は参考にしてください。