コンメンタール刑法①(2023/11/28)

*主要七法(憲法、行政法、民法、刑法、商法・会社法、民事訴訟法、刑事訴訟法)について、重要な条文を挙げて、その解釈論を紹介します。判例がある場合には判例も適宜紹介します。コンセプトは、弁護士・資格予備校講師がお送りする5分で読める法律講義。


【条文】

刑法第246条第1項

「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。」

同法第60条

「2人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」

同法第235条

「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」


【解説】

まず、次の事例をごらんください。

(事例)

A(20歳)、B(20歳)、C(22歳)の3人は、高齢者D(86歳)をターゲットと定め、Dをしてキャッシュカードを交付させるとともに暗証番号を聞き出して銀行ATMで金銭を引き出そうと計画した。

たまたまDに孫がいることを知っていたAは、自ら弁護士を装ってDに電話を架けて「お孫さんが警察署から釈放されるためにいますぐ300万円必要です。両親は今仕事に出ているからすぐにお金を届けることができないとのことです。ちょうど警察署がお祖母さまの家の近くの警察署だから一時的に300万円貸してもらえませんか。ただ手続上、釈放金は弁護士名義の口座から警察署指定の口座に振り込まないといけないことになっているので、今からお宅にうかがいます。キャッシュカードをお借りして、暗証番号を教えていただければ、あとは私の方で全部手続をしておきます。もちろん弁護士には守秘義務があるから暗証番号は第三者には伝えませんし、300万円の釈放金は裁判が終わったらすぐにお返しします。」と申し向け、BとCをD方に派遣した。

Bは見張り兼出し子(注:出し子とはATMで金銭を引き出す役割を果たす者)、Cが架空の弁護士を演ずる受け子(注:受け子とは詐欺の被害者から金品を受け取る役割を果たす者)であり、Aの電話によって騙されてしまったDは、Cを本物の弁護士と信じてキャッシュカードを手渡すとともに暗証番号を教えてしまった。

Cからキャッシュカードを受け取ったBは、D方から遠く離れた土地の銀行ATMに行き、Cから伝え聞いた暗証番号を入力して数日間にわたり合計360万円の金銭(預金残高のほぼ全額)を引き出し、他の共犯者らとこれを山分けした。

(事例は以上)


上に挙げた事例は、実際に起きた事件ではなく、私が適当に創作した架空の事例です。

しかし、世間で頻発している<特殊詐欺>あるいは<組織的詐欺>は、概ねこの事例のように実行されています。

特殊詐欺は一時期<オレオレ詐欺>と呼ばれていましたが、最近の手口としては電話で名を名乗らずにいきなり「おじいちゃん、俺だよ、俺。分かる?」と切り出すことはほとんどないので、現在はもっぱら<特殊詐欺>ないし<組織的詐欺>と呼ばれています。

この事例が特殊詐欺の事案であることはすぐにお分かりになったはずです。

金品をだまし取る詐欺罪(刑法246条1項。以下「1項詐欺罪」という。)の基本的構成要件は、次のとおりです。

①欺罔の故意

②欺罔行為(だます行為)

③被害者の錯誤に基づく財物交付

④上記②と③の間の因果関係

事例のA、B、Cが計画どおりに行動し、Aが架けた電話でDがだまされてCにキャッシュカードを手渡した時点で、三者には1項詐欺罪が成立します。

受け子の刑事弁護をしていると、たまに「自分は共謀に参加しておらず、ただ物品を受け取るだけのアルバイトを頼まれたにすぎない。だから、自分は被害者をだましていない(詐欺をしていない。)。」という言い分を主張する被疑者・被告人がいます。

たしかに受け子はアルバイト(「明日午後3時、渋谷の〇〇で、タナカ●●さんという老人と待ち合わせてその人から茶封筒を受け取り、すぐに道玄坂の△△という喫茶店に持ってこい。物と引き換えにバイト代を払う。」などと指示される、非常に怪しいアルバイト)として雇われただけで共謀(=犯罪計画のこと)に参加していないようにみえます。

しかし、軽い物品1個の運搬(しかも通常は徒歩!)という比較的容易な仕事に不釣り合いな高額報酬がバイト代として提示されている場合、まず疑ってかからなければならないのが、「これはいわゆる『闇バイト』ではないか。」ということです。

かつて「オレオレ詐欺」が流行した頃から、特殊詐欺の手口の研究が進み、また犯罪組織が受け子を使い捨てにすることもかなり周知されるようになりました。

しかしながら、仕事を開始してから30分もかけずに終了する簡単な仕事で1回5,000円~10,000円もらえると聞くと、お金に困っている若者が後先考えずにとびついてしまうということがあります。

闇バイトの<受け子>は、たとえ犯罪計画の詳細を知らされておらず、架け子(注:架け子とは特殊詐欺で電話を架ける役割を果たす者)の本名も顔も知らないまま、漫然と指示に従い金品を受け取ってしまったとしても、警察・検察・裁判所からは「順次共謀に参加したうえで財物の占有を取得した者」として扱われます。

順次共謀というのは、まずAB間で共謀し、次にBC間でAB間共謀の内容を情報共有するという仕方での共謀です。

伝言ゲームのような仕方での共謀であり、後から共謀に加わる者には、完全な情報が伝えられないことがほとんどです。

架け子の顔も本名も所在も知らない(たいていは直接話をしたことすらない。)のに、その人との間で謀議(はかりごと)をしたというのはいかにも技巧的な考え方に思われますが、現在の刑事裁判実務上は、特殊詐欺の末端に位置する受け子も共謀に基づく犯意(=犯罪を共同実行する意思)があるものと認定されてしまいます。

その結果、事例のA、B、C全員が1項詐欺罪の共同正犯者(刑法60条)として処罰されるのです。

世間一般の常識として「闇バイト」は特殊詐欺の一員となって犯罪を実行する行為に当たるから絶対に加担してはならないものと心得べし、というところでしょうか。


なお、掲記【条文】の一つに刑法第235条を挙げたのは、出し子が銀行ATMから金銭を引き出した時点で、当該ATMの管理者たる銀行が占有する現金につき、当該占有が銀行から出し子へと移転した時点で現金自体を客体とする窃盗罪(刑法235条)が成立するからです。

このようにキャッシュカードとは別に現金を客体とする犯罪が別途成立する点にも注意が必要です。