司法試験予備試験の問題で行政法について考える①:行政行為の効力の消滅
(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(憲法・行政法)より引用)
第13問
行政行為の効力の消滅に関する次のアからウまでの各記述について、法令又は最高裁判所の判例に照らし、正しいものに○、誤っているものに×を付した場合の組合せを、後記1から8までの中から選びなさい。
ア.処分庁は、自らした行政処分に当該処分成立時から取り消し得べき瑕疵があったことが取消訴訟の出訴期間経過後に判明し、当該処分が訴訟手続によって取り消される余地がなくなった場合でも、当該処分を自ら取り消すことができる。
イ. 処分庁が授益的処分の処分成立時からの瑕疵を理由に当該処分を取り消すためには、当該処分の名宛人に対する利益保護の観点から、その取消しを認める旨の法律上の明文の規定が必要である。
ウ. 処分庁から人工妊娠中絶を行うことができる医師に指定された開業医が当該指定処分後に虚偽の出生証明書を作成して罰金刑を受けたため、当該処分庁がこれを主な理由として当該指定処分を取り消す行為は、学問上の「職権取消し」に当たる。
1.ア○ イ○ ウ○ 2.ア○ イ○ ウ× 3.ア○ イ× ウ○
4.ア○ イ× ウ× 5.ア× イ○ ウ○ 6.ア× イ○ ウ×
7.ア× イ× ウ○ 8.ア× イ× ウ×
【解説】
1 イントロダクション
飲食店営業許可や自動車運転免許停止処分などの行政処分のことを、行政法学者は「行政行為」と呼ぶ。
行政法は、近代ドイツにおいて興った比較的新しい法分野であり、行政法学者は行政法学という後発的学問領域を体系化する際に、先行領域である民法学を参照した。
その結果、民法における「法律行為」(Rechtsgeschäft/Rechtsakt)の概念を参考にして創られた概念が「行政行為(Verwaltungsakt)」である。
このドイツ語の「Verwaltungsakt」を日本語に直訳した言葉が「行政行為」であり、それ以上の意味は特にない。
行政庁(※都道府県知事、市町村長、大臣など行政行為を行う権限を有する行政機関を指す法律用語)が一般市民に対して公法上の権利を付与若しくは剥奪し、又は義務を賦課若しくは免除する行為が「行政行為」すなわち行政処分、と理解しておけば足りる。
2 行政行為に関する主な論点
行政行為については、①行政行為の意義、②行政行為の分類ないし種類、③行政行為の効力という3つの大論点がある。
さらに③行政行為の効力の派生論点として、③’行政行為の効力の発生と消滅(職権取消・撤回)、③’’行政行為の効力の限定(付款の問題)などが挙げられる。
市販の一般的な行政法学基本書・教科書・資格試験テキストでは「職権取消・撤回」と「付款」を「行政行為の効力論」と区別して記述しているが、本来これらは一体のものとして理解しなければならない。
3 本問のテーマ(行政行為の効力の消滅)
本問のテーマは、行政行為の効力の消滅すなわち行政行為の職権取消又は撤回である。
行政行為の職権取消とは、行政行為の成立当初から当該行政行為が間違っていた(※このような行政行為の状態を行政法学では「違法」あるいは「(原始的)瑕疵」と呼ぶ。)場合において、行政庁(知事、市町村長、大臣など)がその行政行為の効力を成立当初に遡って消滅させる行為である。ここで注意すべきは、職権取消自体がひとつの「行政行為」である点である(たとえば、事業者の虚偽申請に基づき間違って与えられた飲食店営業許可が知事によって取り消される場合が職権取消の典型例である。)。
行政行為の撤回とは、いったん適法に成立した行政行為につき事後的な事情の変化によりその効力を維持することが相当ではないと行政庁が判断した場合において、行政庁がその行政行為の効力を将来に向かって失効させる行為である。撤回もまたひとつの「行政行為」である。撤回の典型例は、道路交通法違反を犯した自動車運転者が違反点数の累積により自動車運転免許を取り消される例である。
ここでさらに注意すべき点は、道路交通法の法文上は免許を「取り消す」と書かれているにもかかわらず、行政法学的に正確に表現するとこれは自動車運転免許の「撤回」に当たるという点である。
つまり、法令上「取り消す」と書いてあっても、必ずしも「職権取消」を定めたものと限らないので、取消要件を吟味したうえで行政法学上の「職権取消」か、又は「撤回」なのかを正確に見極めなければならない。各種資格試験ではこの見極めをすることができるかがしばしば問われている。
職権取消と撤回の区別のポイントは、効力消滅の対象となる行政行為が成立当初から違法だったか否かという点である。
上に挙げた例に即して考えると、事業者の虚偽申請を看過して間違って飲食店営業許可を与えてしまった場合、この営業許可は当初から間違っていた、つまり違法だったので、この場合は「職権取消」である。
他方、自動車運転免許取消処分の場合、運転免許試験を受験して合格した者に自動車運転免許を与えること自体はなんら違法ではないが(※もちろん不正受験をしていないことが前提。)、免許取得後ドライバーが道路交通法違反を犯したことに対する制裁として免許の効力を将来に向かって失効させるものであるから、この場合は自動車運転免許の「撤回」である。
さて、本問の記述ウを検討すると、記述ウで効力消滅の対象となっている行政行為は<人工妊娠中絶を行うことができる医師としての指定>であり、本記述における効力消滅行為は「指定された開業医が当該指定処分後に虚偽の出生証明書を作成して罰金刑を受けたため、当該処分庁がこれを主な理由として当該指定処分を取り消す行為」である。この効力消滅行為は、当初適法に成立した指定処分の効力を事後的な事情の変化によって将来に向かって失効させる行為であるから、行政法学的には「撤回」に当たる。
そうすると、記述ウのうち「学問上の「職権取消し」に当たる」という箇所が誤りであり、正しくは「学問上の「撤回」に当たる」と言わなければならない。
よって、記述ウは誤りである。
なお、記述ウの素材となった最高裁判例は実子あっせん指定医取消事件最高裁判決(最判昭63.6.17判タ681号99頁)であるが、本問を解答するうえで判例の知識は不要である。しかし、上掲最高裁判決においては、法令上明文の根拠規定がない場合における撤回の可否に関する重要な判示がなされているから、一度は目を通しておいたほうがよい。
4 記述ア及び記述イの検討
⑴ 記述アについて
本記述は正しい。本記述のポイントは、「瑕疵があったことが取消訴訟の出訴期間経過後に判明し、当該処分が訴訟手続によって取り消される余地がなくなった場合でも、当該処分を自ら取り消すことができる」という箇所であり、これは<職権取消と不可争力の関係>という論点にかかわる記述である。
不可争力とは、一定期間を経過してしまうと一般市民側から行政不服申立て又は取消訴訟という制度を使って行政行為の効力の消滅を求め争うことができなくなるという行政行為の効力を指す。
不可争力はあくまで一般市民側から争う場面に限り作用するものであって、行政庁側が職権取消を行う際には不可争力は作用しない。
⑵記述イについて
本記述の末尾「…法律上の明文の規定が必要である」が誤りである。
職権取消は間違った行政行為を是正し糺す手段であるから、あるべき行政法秩序の回復の観点から法律上の明文の根拠規定がなくても職権取消を行うことができると解されている。
具体的な例に即して考えても、たとえば事業者の虚偽申請に基づき間違って飲食店営業許可を与えてしまい、仮に飲食店営業許可の職権取消の明文の根拠規定がなかった場合に職権取消ができないとすると、知事は、食品衛生法違反の不衛生な状態が生じるおそれがあるとしても職権で営業許可を取り消すことができないことになり、ひいては市民の生命身体の安全を害するおそれすら生じる。
このように不合理な事態を速やかに解消するには明文の根拠規定がなくても職権取消を行うことを認める必要がある。
5 結論
以上より、記述アは正しく、記述イと記述ウはいずれも誤りであるから、正解は4である。
以上
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