司法試験予備試験の問題で民法について考える①:意思能力

(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(民事系)より引用)

第1問

意思能力に関する次のアからオまでの各記述のうち、誤っているものを組み合わせたものは、後記1から5までのうちどれか。

ア.意思能力とは、自己の行為の責任を弁識する能力をいう。

イ.契約の当事者がその意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その契約の無効を善意無過失の第三者にも対抗することができる。

ウ.契約の当事者がその意思表示をした時に意思能力を有しなかった場合において、その契約に 基づく債務の履行として給付を受けたときは、現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

エ.契約の申込者が申込みの通知を発した後に意思能力を有しない常況にある者となった場合において、その相手方が承諾の通知を発するまでにその事実が生じたことを知ったときは、その申込みは、その効力を有しない。

オ.婚姻の当事者が婚姻届を作成した時に意思能力を有しないことは、婚姻の取消しの原因となる。

1.ア イ  2.ア オ  3.イ ウ  4.ウ エ  5.エ オ


【解説】

1 イントロダクション

意思能力とは、取引ないし契約をするのに必要な最小限度の精神能力である。

民法学において、取引ないし契約は「法律行為」(※法律行為については、さしあたり<民法上の法律効果を発生させる言語行為>と理解すれば足りる。)の一種とされており、意思能力が備わるのは一般的に7歳程度と考えられている(一律に何歳から何歳まで意思能力が認められるという民法上の規定は存在しないので、個別具体的事情に照らして意思能力の有無を判断しなければならない。)。

意思能力と似た民法上の概念に「行為能力」というものがある。

行為能力とは、単独で有効な法律行為(=契約)をすることができる精神能力あるいは法的地位である。

行為能力については、民法上明確な規定があり、成人(18歳以上の人)であって法定後見(後見・保佐・同意権付与補助)開始の審判を受けていない者に限り、完全な行為能力が認められる。

完全な行為能力を有しない未成年者等を「制限行為能力者」という。

制限行為能力者は完全な行為能力を有していないため、同意権者による同意を得ないでした法律行為が原則として取消しの対象となる。

このような制度(=制限行為能力者の法律行為に対する取消しの制度)は、制限行為能力者保護と取引安全との調和を図る趣旨により設けられたものである。


2 意思能力と責任能力の違い

責任能力とは、自己の行為により自ら負うべき法的責任を理解し行動制御をすること(※法的責任を理解し行動制御することを民法学上は「弁識」と呼ぶ。)が可能な精神能力である。

責任能力を負う年齢要件について、民法上明確な規定が存在せず、個別具体的な事情に即した解釈によるが、一般的には12歳前後が責任能力具備のめやすとされている。

意思能力は取引上必要な最小限度の精神能力であるが、責任能力は人が他人に対して加害行為をしたときに損害賠償責任を負担しなければならないこと等を理解するのに必要な精神能力である。

たとえば7歳の幼児が屋外で小石を投げて遊んでいたところ、偶然通行人の顔面に当たりけがをさせたとする。

この場合、投石した7歳児が加害行為者であるが、7歳児には責任能力が認められないから、その7歳児に対して損害賠償請求をすることはできない。

他方、7歳児がコンビニエンスストアで飴玉を買おうとしているケースでは、親の同意がある限りその7歳児の取引は有効であり、その子は飴玉の対価を支払って飴玉をもらうことができる。

7歳児には完全な行為能力は備わっていないけれども、四則演算のうち加減ができれば手持ちの金銭でその飴玉を購入できるかについて計算し判断することができるので、「意思能力」が認められるため、制限行為能力者に対する同意権者としての親権者の同意があれば7歳児の買い物も有効となる。

以上の前提知識をふまえて、記述アを検討する。

「自己の行為の責任を弁識する能力」は、意思能力ではなく「責任能力」の定義である。

よって、記述アは誤りである。


3 その他の記述の検討

記述イは正しい。

意思無能力による無効については、心裡留保無効(民法93条)、虚偽表示無効(民法94条)と異なり、善意の第三者を保護する規定が存在しない。

また、民法94条2項類推適用を認める判例も存在しない。

意思無能力者保護を取引安全に優先させる必要から、意思無能力無効は常に第三者に対抗できると解されている。

記述ウは正しい(民法121条の1第2項)。

記述エは正しい(民法526条)。

記述オは「婚姻の取消しの原因となる」が誤り。

正しくは「婚姻の無効の原因となる」。

民法上の婚姻は、①配偶者となろうとする両当事者間の意思の合致(=合意)及び②当該合意に基づく婚姻届出により成立するため(民法742条参照)、これらの2要件のいずれかが欠けている場合には婚姻が「無効」となる。

なお、記述オに関連して、最判昭44.4.3民集23巻4号709頁(※婚姻届出作成時に意思能力が備わっていた場合、婚姻届出受理時に一方配偶者の意思能力が失われていたとしても原則として婚姻は有効に成立するとした事例に関する最高裁判例)を一読すべきである。


4 結論

以上より、誤っている記述はアとオであり、正解は2である。