司法試験予備試験の問題で刑法について考える①:傷害罪と暴行罪

(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(刑事系)より引用)

第1問

暴行罪及び傷害罪に関する次のアからオまでの各記述を判例の立場に従って検討した場合、誤っているものの個数を後記1から5までの中から選びなさい。

ア.相手方の眼前に抜き身の日本刀を突き付けたとしても、その刃が同人に接触しない限り、暴行罪が成立することはない。

イ.相手方の意思に反して、その耳元で楽器を大音量で鳴らし続けた場合には、人の身体に対して不法な攻撃を加えたものとして暴行罪が成立し得る。

ウ.ひそかに相手方に睡眠薬を摂取させ、2時間にわたり意識を失わせるとともに筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせたとしても、覚醒後の健康状態に支障がない場合には、傷害罪が成立することはない。

エ.性病を有する者が、性行為を行えば相手方に感染させる危険性があると認識しながら、情を秘して同人と性行為を行い、同人に性病を感染させたとしても、同人が性行為に同意している場合には、傷害罪が成立することはない。

オ.相手方に暴行を加えて負傷させた者が、傷害結果が発生することについて認識を欠いている場合には、傷害罪が成立することはない。

1.1個  2.2個 3.3個 4.4個 5.5個


【解説】

1 イントロダクション

刑法204条(傷害)は「人の身体を傷害した者は、15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。」と規定する。

刑法上の傷害とは、人の身体の生理的機能を害することである。

刑法208条(暴行)は「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」と規定する。

刑法上の暴行とは、人の身体に向けて有形力(※日常用語で言い換えると「暴力」)を行使することである。

有形力が人の身体に向けられていれば足りるのであって、拳や凶器が身体に直に当たっていなくても暴行罪が成立する場合がある(本問記述ア、イ参照)。

刑法上、傷害罪規定と暴行罪規定がいずれも刑法第2編「罪」第27章「傷害の罪」に置かれていることに鑑みると、傷害罪を暴行罪の結果的加重犯として理解すべきである。

では、そもそも「結果的加重犯」とは何か。


2 結果的加重犯

結果的加重犯とは、基本となる犯罪(以下「基本犯」という。)を犯したところ、基本犯処罰規定が定める結果を超えてより重大な結果を惹き起こした場合に、基本犯より重く処罰する犯罪類型を表す言葉である。

結果的加重犯の有名な例は、傷害致死罪(刑法205条)である。

刑法205条は「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期拘禁刑に処する。」と規定している。

すなわち、他人に傷害を負わせようとして暴力行為をしたところ、予想に反して死亡の結果が発生した場合に、傷害罪として「15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」に処するのではなく、傷害致死罪として「3年以上の有期拘禁刑」に処することになる。

なお、有期拘禁刑の上限は原則として20年であるから、傷害致死罪の科刑のほうが傷害罪の科刑より重い。

結果的加重犯は、故意犯としての基本犯と想定外の重い結果(以下、想定外の重い結果を「加重結果」という。)が結合した犯罪類型と考えられているが、加重結果についての故意がない以上、結果に対する故意責任を追及することはできない。

たとえば、人を殺そうと思って暴力行為を実行し被害者死亡の結果を生じさせた場合には「殺人罪」(刑法199条)が成立するが、人をケガさせようと思って暴力行為を実行したところ意に反して被害者死亡の加重結果が発生した場合には、殺人罪ではなく、「傷害致死罪」(刑法205条)が成立する。

上述では、結果的加重犯は故意犯たる基本犯と加重結果が結合した犯罪類型である、と定義づけたが、この定義は判例による定義である。

この点、刑法学における通説的定義は、<故意犯たる基本犯を実行したことで加重結果が生じることを予見し回避すべきだったにもかかわらず、当該予見を怠ったことにより加重結果を発生させた「過失犯」と基本犯=故意犯の複合形態が「結果的加重犯」である>、というものである。

刑法学の通説が結果的加重犯の定義について判例と異なる見解を採用している理由は、刑法上の「責任主義」(※「殺すなかれ」「盗むなかれ」etc.という道徳規範のハードルを認識しこれに直面しながら敢えてこのハードルを乗り越えて殺人その他の犯罪を実行した者のみを非難し刑法上責任を負わせる考え方。裏返して言うと、重度の精神障害等の事情により道徳規範のハードルに直面する精神能力を持たない者がした加害行為については刑法上の法的責任を負わせることができないという考え方でもある。)という基本原理の観点から、結果発生について最低限過失の存在が認められない場合には、基本犯の成立にとどめるべきであるから結果的加重犯は成立しない、と考えている点にある。

結果的加重犯の定義に関する議論は、学説と判例(刑事実務)の間の対立に由来する議論であるが、刑法・刑事訴訟法その他の刑事法の解釈論に関しては、学説と判例・刑事実務との間に大きな対立あるいは違いが生じることが多い。

実務的には判例の見解だけを理解しておけば十分だが、司法試験・司法試験予備試験対策上は、有力な学説も理解しておかなければならない。

以上の説明をふまえて本問の記述オをみると、本記述は文末の「傷害罪が成立することはない。」が誤りである。

判例(最判昭26.9.20刑集第5巻10号1937頁)によれば、傷害致死罪の成立には致死の結果発生の予見可能性すなわち結果発生の認識は不要であるから、相手方に暴行を加えて負傷させた者が傷害結果発生につき認識を欠いていても、その者には結果的加重犯としての傷害罪が成立する。


3 その他の記述の検討

記述アは「暴行罪が成立することはない。」が誤り。

前述の暴行の定義を確認してほしい。

本記述に関し参照すべき大審院判例は、大判昭8.4.15刑集第12巻427頁。


記述イは正しい(最判昭29.8.20刑集第8巻8号1277頁)。


記述ウは「傷害罪が成立することはない。」が誤り。

本記述に関し参照すべき最高裁決定例は、最決平24.1.30刑集第66巻1号36頁。


記述エは「傷害罪が成立することはない。」が誤り。

本記述に関し参照すべき最高裁判例は、最判昭27.6.6刑集第6巻6号795頁。

なお、本記述に関しては、被害者の同意があることにより傷害罪が不成立となるかという論点(この論点は一般に「同意傷害」の問題と呼ばれている。)が問題となるとも思われるが、性行為に同意している相手方は通常性行為の結果傷害を負わされることについてまで同意したわけではないから、被害者の同意により傷害罪不成立という結論には至らないと考えるべきである。


4 結論

以上より、誤っている記述は、ア、ウ、エ、オの4つであるから、正解は4である。


なお、短答式(択一式)試験対策の裏技としては、ア、ウ、エ、オはいずれも「~成立することはない」という文末で共通しており、いずれも断定的表現であることから、判例知識があいまいな受験生でも、<成立することはない>とまでは言えないのではないかと疑うことにより、誤りと推定することが可能だろう(ただし、このテクニックも出題者から裏をかかれることがあるので、万能ではないことを忘れてはいけない!)。