司法試験予備試験の問題で人権について考える②:表現の自由

(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(公法系)より引用)


第2問

表現の自由に関する次のアからウまでの各記述について、最高裁判所の判例の趣旨に照らして、正しいものには○、誤っているものには×を付した場合の組合せを、後記1から8までの中から選びなさい。

ア.ある事実を基礎とする意見を表明する行為が、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合であっても、意見の前提となる事実がその重要な部分について真実であることの証明がなければ、当該表現行為は、名誉毀損と評価されることとなる。

イ.ある者が刑事事件について被疑者とされ、被告人として公訴提起されて有罪判決を受け、服役した事実は、その者の名誉あるいは信用に直接に関わる事項であり、その者は、みだりに上記の前科等に関わる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有すると考えられ、この点は、前科等に関わる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても違いはない。

ウ.人格権としての個人の名誉を害する内容を含む表現行為の事前差止めは、その対象が公務員や公職選挙の候補者に対する評価、批判等である場合には原則として許されないが、その表現内容が真実でなく、又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときは、例外的に許される。

1.ア○ イ○ ウ○  2.ア○ イ○ ウ×  3.ア○ イ× ウ○

4.ア○ イ× ウ×  5.ア× イ○ ウ○  6.ア× イ○ ウ×

7.ア× イ× ウ○  8.ア× イ× ウ×


【解説】

1 イントロダクション

憲法21条1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定する。

同条項が定める表現の自由は、個人の意見を世間に発表する機能(これを憲法学用語で「自己実現価値」という。)だけではなく、意見交換することを通じて世論の形成に貢献する機能(これを憲法学用語で「自己統治価値」という。)を有するため、諸人権の中でもとくに重要な人権と解されている。

しかし、重要な人権といえども、「公共の福祉」(憲法13条後段等)の観点から、一定程度制限されてもやむを得ないというのが憲法学者の共通見解である。

「公共の福祉」とは、<或る個人が人権を有するということは同時に他者の人権も尊重しなければならないことも意味する以上、他者の人権を侵害するようなしかたでの人権の主張(行使)は認められない>、という人権制約原理である。

たとえば漫画『ブラック・ジャック』を読んで感動した人が、無免許医による外科手術を認めない現在の医師免許制度は職業選択の自由(憲法22条1項)を侵害するものであり違憲だ、と主張することはできない。

なぜなら、「公共の福祉」(憲法22条1項、憲法13条後段)は、職業選択の自由としての<外科医になる自由>を無制限に認めることが患者の生命身体に対する侵害につながる危険性が大きいことに鑑み、<外科医になる自由>に一定の歯止めをかける人権制約原理として機能するものだからである。

それゆえ、医師免許制度は、職業選択の自由を侵害する制度ではなく、合憲と解されている。

或る人権を主張することが他の人権の侵害につながるおそれがあるケースは、上記の医師免許制度の例に限られない。

本問では、<表現の自由(憲法21条1項)が他者の名誉権(憲法13条後段)と抵触する場合、いかにして利害調整すべきか>という争点(表現の自由の限界)に関する判例知識が問われている。


2 各記述の検討

⑴ 記述アについて

記述アは、後半「意見の前提となる事実がその重要な部分について真実であることの証明がなければ、当該表現行為は、名誉毀損と評価されることとなる」が誤りである。

最高裁判例(最判昭41.6.23民集第20巻5号1118頁)によると、「事実が真実であることが証明されなくても、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意過失がなく、結局、不法行為は成立しない」。

すなわち、表現に係る事実の真実性が証明されなくても、当該事実の真実相当性が認められる限り、表現の自由が優先され、名誉毀損は不成立となる。

⑵ 記述イについて

本記述は正しい。

本記述に関し、参照すべき最高裁判例は、前科照会事件最高裁判決(最判昭56.4.14民集第35巻3号620頁)及びノンフィクション『逆転』事件最高裁判決(最判平6.2.8民集第48巻2号149頁)である。

⑶ 記述ウについて

本記述は正しい。

本記述に関し、参照すべき最高裁判例は、北方ジャーナル事件最高裁判決(最大判昭61.6.11民集第40巻4号872頁)である。

なお、北方ジャーナル事件最高裁判決は、裁判所の事前差止仮処分が表現の自由に対する侵害に当たるか否かを論じるに当たり、事前抑制法理(※国家が私人の表現活動を発表前に事前に抑制することについて原則として禁止とする判例法理)を採用したリーディングケースとして有名な判例であり、資格試験受験生は精読しなければならない。


3 結論

以上より、記述アは誤りであり、記述イとウはいずれも正しい。

よって、正解は5である。