司法試験予備試験の問題で行政法について考える②:行政手続法
(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(公法系)より引用)
第14問
行政手続法に関する次のアからエまでの各記述について、同法又は最高裁判所の判例に照らし、 それぞれ正しい場合には1を、誤っている場合には2を選びなさい。
ア. 申請拒否処分については、理由の提示が義務付けられているが、これは行政庁の判断の恣意を抑制するとともに不服申立てに便宜を与えることを目的としているので、行政文書を開示しない決定の取消訴訟において、被告が当該決定の際に提示されていた処分理由とは異なる処分理由を追加して主張することが許されることはない。
イ. 不利益処分をしようとする場合の当該不利益処分の名宛人となるべき者についての弁明の機会の付与における弁明は、原則として、弁明書及び証拠書類等の提出並びに口頭での意見陳述により行われる。
ウ.許認可等を後発的事情を理由として取り消す処分は、新たな公益判断を伴うため聴聞の対象となるが、許認可等をその成立当初からの違法を理由として取り消す処分は、聴聞の対象とはならない。
エ. 意見公募手続を実施して命令等が定められた場合、当該命令等の公布と同時期に意見公募手続の結果も公示されなければならないが、その際には、意見公募手続の実施段階での命令等の案と公布された命令等との差異を含めて、提出意見を考慮した結果及びその理由が示されなければならない。
【解説】
1 イントロダクション
行政手続法(以下、条文番号を引用する際には原則として「法」と略記する。)は、平成6(1994)年10月に施行された法律である。
行政手続法は、行政活動(※行政法学者は行政活動すなわち公務員の仕事を「行政作用」という。)の事前手続を定める手続法である。
行政手続法はすべての行政作用について事前手続を定めるわけではなく、おおむね①行政処分(法2条2号)、②行政指導(法2条6号)、③行政立法(法2条8号参照)を対象としている。
また、④私人が行政権に対して行う届出(法2条7号)の手続についても行政手続法で定められている。
行政手続法における行政「処分」は、さらに⑴申請に対する処分(法第2章)と⑵不利益処分(法2条4号、法第3章)に分けられる。
⑴と⑵を区別するポイントは、その行政処分が市民に権利利益を与える内容のものか、あるいは市民の権利利益を奪う内容のものかという点にある。
前者が申請に対する処分であり、後者が不利益処分である。
本問は、行政手続法における「不利益処分」(法2条4号、法第3章)をメインテーマとして、同法に関する条文・判例知識を問う問題である。
2 各記述の検討
⑴ 記述アについて
本記述は、末尾の「…被告が当該決定の際に提示されていた処分理由とは異なる処分理由を追加して主張することが許されることはない」が誤り。
正しくは「…被告が当該決定の際に提示されていた処分理由とは異なる処分理由を追加して主張することが許されることはある」(最判平11.11.19民集53巻8号1862頁)。
行政手続法8条1項本文は、「行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。」と規定している。
同条項の趣旨ないし立法目的は、①行政庁の判断の恣意を抑制するとともに②不服申立てに便宜を与えることにある。
この立法目的については行政庁が申請拒否処分と同時に申請拒否の理由を付したことにより一応達成されているのであって、法8条1項ただし書はいったん理由付きでなされた申請拒否処分が後日取消訴訟で争われた場合における当該取消訴訟の手続内において行政庁側が申請拒否の理由を差し替えて主張することを禁止する趣旨を含まない、という旨を上掲最判平11.11.19が判示している。
上掲最高裁判決において論じられている問題は「理由の差し替え」と呼ばれる論点であるが、理由の差し替えを認めてしまうと理由の後付けを容認することとなり、行政手続法8条1項の趣旨に反するのではないかが問われることになる。
しかし、差し替え後の新たな理由が申請拒否理由として正しいか否かについてさらに取消訴訟の係属裁判所において審理される以上、理由の差し替えを認めても必ずしも当該申請拒否処分が適法と認められることにはならない。
また、そもそも当初付された理由が申請拒否理由として不適格であり違法として申請拒否処分が取り消されたとしても、この場合の違法は手続の違法である以上、取消判決の遡及効により当該処分に係る申請書が提出された当初の状態に戻るに過ぎず、行政庁が申請に対する審査をやり直したうえで新たな理由を付して再度申請拒否処分を行うことは妨げられない。
そうすると、新たな理由を付してなされた再度の申請拒否処分について、再び取消訴訟を提起して争うのは、当事者(私人、行政主体)にとっても裁判所にとってもいわば二度手間となり非効率的である。
それゆえ、当初の取消訴訟の手続内で理由の差し替えを許すこととして、新たな理由による申請拒否が適法か否かについて審理を尽くしたほうが効率的である(※このような効率性重視の発想を法学者は「訴訟経済」あるいは「紛争の一回的解決」と呼ぶ。)。
以上の理由から、上掲最高裁判決は、取消訴訟手続内における「理由の差し替え」を認める立場を採用した。
⑵ 記述イについて
本記述のうち末尾の「原則として、弁明書及び証拠書類等の提出並びに口頭での意見陳述により行われる」が誤り。
行政手続法29条1項は「弁明は、行政庁が口頭ですることを認めたときを除き、弁明を記載した書面(以下「弁明書」という。)を提出してするものとする。」と規定している。
つまり、弁明は原則として書面のみで完結する手続であり、口頭意見陳述は実施されない。
なお、本記述の不利益処分とは、「行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分」(法2条4号)である。
不利益処分の処分対象者(これを法学者は「被処分者」という。)が被る不利益の程度に応じ、重大な不利益処分については「聴聞」(法15条~28条)という手続、その他の不利益処分については「弁明の機会の付与」(法29条~31条)という手続がとられる。
これらの手続はいずれも不利益処分を下す前に処分対象者となるべき者の意見を事前に聴く手続であり、あわせて「意見陳述手続」(法13条)と呼ばれている。
たとえば或るパチンコ店が違法カジノを併設していると疑われて風俗営業許可取消処分を受けるかもしれないという事態になった場合、「うちは違法カジノの併設をしていない。」と反論したり、併設していないことの証拠を提出するための手続がこの「意見陳述手続」である。
風俗営業許可取消処分は、それが風俗営業事業者に及ぼす影響が重大であるから、この場合には「聴聞」の手続がとられることになる。
他方、仮に営業停止処分が予定されているとすれば、営業停止期間が過ぎれば当然に営業再開できることから、その不利益は重大とまではいえないので、この場合には「弁明の機会の付与」の手続がとられることになる。
「聴聞」では口頭審理を原則とし慎重に審理が進められるのに対し、「弁明の機会の付与」では簡易迅速性が重視されることから書面審理を原則とする。
このような理由から、「弁明の機会の付与」手続では、当事者の口頭意見陳述の機会が与えられていない。
⑶ 記述ウについて
本記述は後半部分が誤りである。
行政手続法13条1項イは「許認可等を取り消す不利益処分をしようとする」場合には、聴聞手続という意見陳述手続をとらなければならないと定めている。
この聴聞実施事由における「取り消す」ことは、行政行為の撤回のみならず行政行為の職権取消(※成立当初から違法な行政行為を行政庁が成立当初に遡って取り消すこと)も含まれる。
ゆえに、本記述の「許認可等をその成立当初からの違法を理由として取り消す処分」についても、行政庁は行政手続法上の「聴聞」手続をとらなければならない。
⑷ 記述エについて
本記述は正しい(法43条1項)。
意見公募手続は、別名「命令等を定める手続(法1条1項)。
意見公募手続については、別の機会に詳しく説明する。
3 結論
以上より、正しい記述に1、誤っている記述に2を付番すると、記述アは2、記述イは2、記述ウは2、記述エは1となる。
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