司法試験予備試験の問題で行政法について考える③:行政裁量
(以下、令和5年司法試験予備試験短答式試験問題(公法系)より引用)
第15問
公立学校施設の管理者がした目的外使用の許否に係る裁量処分の司法審査に関する最高裁判所平成18年2月7日第三小法廷判決(民集60巻2号401頁。以下「本判決」という。)の次の判示を読み、本判決に関する後記アからウまでの各記述について、正しいものに○、誤っているものに×を付した場合の組合せを、後記1から8までの中から選びなさい。
「管理者の裁量判断は、許可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性など許可をしないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるものであり、その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものと解するのが相当である。」
ア.本判決による審査方法は、裁判所が裁量処分について、全面的にその当否を審査し直し、裁判所が出した結論と行政庁の処分内容とが異なる場合に、当該裁量処分が違法となると判断するもので、これにより密度の高い審査を行うことができるという特徴がある。
イ.本判決による審査方法については、いかなる判断要素を選択し、その評価をどのように行うのかという点に関し、基準が明確ではないという問題点が指摘できる。
ウ.本判決による審査方法によれば、従来の裁量処分の審査において用いられてきた平等原則や比例原則の観点は、裁量処分の審査に当たり考慮すべき要素にはならない。
1.ア○ イ○ ウ○ 2.ア○ イ○ ウ× 3.ア○ イ× ウ○ 4.ア○ イ× ウ×
5.ア× イ○ ウ○ 6.ア× イ○ ウ× 7.ア× イ× ウ○ 8.ア× イ× ウ×
【解説】
1 イントロダクション
行政裁量とは、行政庁が行政権を行使する際に、行政庁(※都道府県知事、市町村長、各省庁の大臣など)に認められた<判断の余地>である。
一般に、行政権の行使に際し、「法律による行政の原理」という基本原理が働くため、行政権の行使はこの原理によって制約される。
法律による行政の原理とは、法律(=根拠法)が制定されなければ行政権を行使することはできない、という民主主義的法原理であるとさしあたり理解すれば足りる。
法律による行政の原理を厳密に適用すると、行政庁が一般市民に対して何らかの行政権行使をする際、常に法律の根拠が必要となる。
しかし、常に法律の根拠がなければ行政庁が一般市民に対して行政権行使すなわち行政作用を及ぼすことができないことになると、たとえば非常時(例:未知の感染症流行により社会経済活動が著しく停滞するケース)における補助金交付など緊急性の高い行政作用にも逐次法律の根拠が必要となり、即時の対応ができなくなる点で不都合が生じる。
そこで、行政法学者の多くは、現実問題として法律の根拠がなくても行政庁に一定の<判断の余地>を認め、厳格な法律の根拠によることなくアドホック(個別具体的)な事情に応じて行政庁が一般市民に対して法律の根拠なくして一定の措置をとることを認めている。
なお、法律の根拠に基づいて行政庁が行政処分を下す場合にも、行政裁量がはたらくことがある。
たとえば、国家公務員法82条1項3号は、一般職国家公務員(※同法ではこれを「職員」という。)が「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」に「当該職員に対し、懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる」と定めているが、具体的に何が「非行」に該当するかの判断は行政裁量により決定され、その非行に対して「免職、停職、減給又は戒告」のいずれの懲戒処分を下すかについても行政裁量により決定される(※もっとも実際には行政裁量がブレないようにするため行政庁があらかじめ懲戒処分の「処分基準」というものを設けており、実務的にはこの処分基準に沿う懲戒処分がなされている。)。
しかし、行政庁が行政裁量の使い方を間違えて一般市民の権利利益を侵害することがある。
そこで、行政事件訴訟法30条は「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」と規定し、行政裁量を誤った場合には当該裁量に基づく行政処分を違法と認定し、取消訴訟で争うことを認めている。
同条における「裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合」のことを、行政法学者は「裁量権の逸脱又は濫用」と呼んでおり、判例・裁判例でも「裁量権の逸脱又は濫用」という言葉を用いることがある。
ここでまず理解しておきたいのは、行政処分を行うにあたり「裁量権の逸脱又は濫用」があった場合、当該行政処分が違法になり、取消訴訟で争われ取り消される可能性がある、という点である。
2 裁量権の逸脱又は濫用の有無の判断基準
⑴ 序論
行政処分を行う際に裁量権の逸脱又は濫用があったといえるかについて一定の判断基準が必要だが、行政法学及び行政事件訴訟実務(つまり判例・裁判例)の世界で、この判断基準について様々な見解が唱えられている。
学説上提唱されている見解は多様だが、近時の最高裁判例はおおむね<社会観念審査と判断過程審査の組み合わせ>により裁量権の逸脱濫用の有無を審査しているといえる。
以下では、主要な3つの見解を示し、各説(審査手法)の特徴について説明する。
⑵ 社会観念審査
社会観念審査は、裁量権行使の当時における諸々の事実・事情を総合的に考慮し、当該裁量権行使における「(行政庁の)判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合」に、裁量権の逸脱又は濫用として違法となる、と判断する審査手法である。
社会観念審査は、古くから最高裁判所が採用し続けてきた審査手法だが、有名な例を一つ上げると、マクリーン事件最高裁判決(最大判昭53.10.4民集32巻7号1223頁)において社会観念審査が採用されている。
社会観念審査に対しては、裁量権逸脱濫用の審査をするに当たり、いかなる事実・事情を重視するかによって審査の結果が左右されることになるため、基準としての明確性を欠くという批判がなされている。
⑶ 判断代置審査
判断代置審査とは、裁判所が処分権者たる行政庁の立場に立って、裁量権行使の前提となる諸事実・事情を考察・評価し、その結果<行政処分を下すべきではない>との結論に至った場合には、当該行政処分は違法と評価される、とする審査手法である。
簡単に言うと、裁判官が「もし私がこの処分の権限を有する行政庁だとしたら、諸事情を考慮したうえでこのような処分は下さない。しかし、この行政庁は私と異なる結論を採ってこの処分を下している。ゆえにこの処分は<違法>であって取り消さなければならない。」と審査判断する手法が判断代置である。
判断代置審査を採用すべきとする見解は学説上は有力であるが、行政事件訴訟実務家からは「餅は餅屋」に任せるべき、つまり行政処分を下すか否かの決定は第一義的には行政庁にゆだねるべきとする批判がこの判断代置という審査手法に対して向けられている。
最高裁は、神戸税関事件最高裁判決(最判昭52.12.20民集31巻7号1101頁)において、判断代置という審査手法を採用すべきではない旨判示している。
⑷ 判断過程審査
上記⑵社会観念審査と⑶判断代置審査の中間的な審査手法と評されているのが、判断過程審査である。
判断過程審査とは、行政庁の裁量判断における「その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討」し、判断過程の合理性に欠けるところがあると認められる場合に当該処分を違法とする審査手法である。
一般に行政庁が行政処分を下す場合、行政庁の組織内において処分の当否・内容・程度等に関する事前の検討がなされている。
このような処分を下す前の事前検討のことを行政法学者は「判断過程」と呼び、行政処分を下す際の判断過程が不合理な場合には、当該判断過程を経て下された当該処分も違法となると考えられる。
そこで、判断過程審査は、この行政庁の組織内における事前検討すなわち「判断過程」の合理性の有無に着目して処分の違法・適法を審査する精緻かつ分析的な審査手法として近時の最高裁判例において多用されている。
本問の素材となっている最高裁判決(呉市公立中学校施設使用不許可事件)もこの判断過程審査を採用した判例として有名だが、他に有名な例を一つ挙げると、エホバの証人剣道受講拒否事件最高裁判決(最判平8.3.8民集50巻3号469頁)がある。
エホバの証人剣道受講拒否事件において最高裁は、高専校長が学生に下した退学処分について、校長は、学生の信仰上の理由による体育実技不参加(※この体育実技不参加が退学処分の理由である。)をただの怠学(=サボリ)とみなしたうえ代替措置(たとえば剣道実技に代えて校庭を10周走らせるなどの措置)をとる等の考慮を尽くすことなく漫然と退学処分に付したものであって当該処分の判断過程に誤りがあったから裁量権濫用に当たるため当該処分は違法である、と結論付けた。
なお、前記1でも述べたとおり、近時の最高裁は、社会観念審査を排して判断過程審査を採用したわけではなく、社会観念審査と判断過程審査を併用する折衷的な審査手法を採用している。
そこで、判断代置審査を採用すべきとする論者からは、最高裁が採用する折衷的な審査手法に対し、「いかなる判断要素を選択し、その評価をどのように行うのかという点に関し、基準が明確ではない」(本問記述イ参照)という批判がなされている。
3 各記述の検討
⑴ 記述アについて
記述アは誤り。
「裁判所が裁量処分について、全面的にその当否を審査しなおし、裁判所が出した結論と行政庁の処分内容とが異なる場合に、当該裁量処分が違法となると判断する」審査方法は、判断代置審査である。
本判決が採用している審査方法は、判断代置ではなく、判断過程審査と社会観念審査を組み合わせたものである。
⑵ 記述イについて
記述イは正しい。
判断代置を採用すべきとする論者は、本記述のような批判を最高裁の審査手法に対して行っている(前記2⑷を参照せよ。)。
⑶ 記述ウについて
最高裁は、裁量権逸脱濫用の判断方法として、判断代置を採用しないことは明確に述べているが(前掲神戸税関事件最高裁判決(最判昭52.12.20民集31巻7号1101頁)参照)、判断代置以外の審査方法を採用しないと明言してはいない。
最高裁が従前採用してきた社会観念審査は、判断過程審査と矛盾するものではなく、行政庁が行政処分を下す際に存した諸事実・事情を総合的に考慮する審査方法である。
現に最高裁は、本判決において社会観念審査と判断過程審査を併用している。
それゆえ、社会観念審査における考慮要素の一部として、平等原則違反の事実や比例原則違反の事実を加味して総合判断することは可能である。
よって、記述ウは「…平等原則や比例原則の観点は、裁量処分の審査にあたり考慮すべき要素にはならない」という箇所が誤っている。
4 結論
以上より、記述アと記述ウは誤りであり、記述イは正しいから、正解は6である。
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